ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

文字の大きさ
上 下
40 / 106

さぁ、手をとって踊って見せて

しおりを挟む
僕は、言いたい事は言えたのだろうか。相手を傷つけない様に、優しくするなんて、僕には、できなかった。七海の大事な時間を僕の為に、費やす事は出来ない。泣き出しそうな七海を置いて、冷たい僕は、莉子の待つ、スタジオへと向かった。
「準備は、出来ているわよ」
鼻息荒い藤井先生が現れた。
「莉子に火を付けるためなら、私は、何だってやるつもりよ」
「そんな・・・」
スタジオに着くなり、藤井先生に肩を掴まれた。
「若いんだから、後先、考えないの。あなたの仕事は、リハビリ。身も心も、元に戻すのよ」
レッスンの後なのか、藤井先生は、汗で、びっしょりだった。
「若い二人なんだから、遅くなってもいいのよ」
スタッフの一人が、僕の車に莉子を移乗してくれている。僕も、早く、手伝いたいが、スイッチの入った藤井先生は、熱く、自分の恋愛論を焚き付けてきた。
「新君。頼んだわよ。責任を取れとは、言わない。逆に、莉子が変わらなかった場合は、責任取ってもらう」
「そんな困ります」
「新君が、ダメなら、次の手を考えるまで」
「次の手って?何ですか?」
「手段は、選ばないわ」
不敵な笑いを残して、僕は、藤井先生に、運転席へと押し込まれた。エンジンをかけると、莉子が後ろから、おずおずと声を掛けてきた。
「あの・・・」
「あ・・待たせて、ごめん」
もう、頭の中に七海の事はなかった。ルームミラーで、見る莉子が、いつもと違う雰囲気だったので、思わず、振り返る。
「あれ?」
莉子が、恥ずかしそうに俯く。
「先生が、たまには、いいだろうって」
莉子の雰囲気がいつもと、違うのは、浴衣を着ていたからだった。他のスタッフの様に、レッスンのスカート姿ではなく、いつもは、動きやすい姿だったのに、今日は、髪を結い上げ、鮮やかな赤い色の浴衣を着せられていた。
「まさか・・・これも?」
「先生が・・」
「凄いな。藤井先生は」
僕は、思わず、呟いた。このまま、車を出さないでいると、また、乗り込んできそうだったので、莉子を凝視するのは、止めて、僕は、車を走らせる。
「大丈夫でしたか?今日は」
多分、莉子は、七海の事を聞いたのだろう。僕は、気が付かないふりをする。
「何が?」
「え・・と。混雑する所に行くから、車椅子の私では、大変じゃないかと」
「あ・・大丈夫」
僕が大変と言うより、車椅子の莉子が大変かと思った。花火大会は、皆、上を向いて歩く。足元は、不注意になり、莉子にとっては、危険だ。いくら、特別観覧席のチケットがあったとしても、往復は、負担になるだろう。
「疲れないかい?」
僕は、聞いた。レッスンの後、こんなに着付けされて、車に乗せられ、体に、負担がかかっている。
「みんなが、楽しみにしているから」
「藤井先生なぁ・・あの人は、悪だな」
「先生の通った後には、何も残らないって」
「そうだろうなぁ。エネルギーが凄いし。情熱的すぎる」
「だから、あんなに凄いステージができるのかなって」
「かもね。」
「私には、そのエネルギーがないって」
「う・・・ん。どうなんだろう。君の言葉の端端には、いつも、迷いがある」
「迷う?」
「自信がなさげと言うか・・」
「そうか・・いつの間にか、顔色を伺う癖がついちゃったのかな」
「顔色?誰の」
「それは・・・」
莉子が、答えに迷ってる間に、僕は、花火大会の会場とは、反対の国道へと、車を走らせた。
「考えたんだけど、花火大会が、よく見える場所があるんだ」
車椅子の彼女が、人の波に揉まれない場所。
「また、夜景が綺麗な外出なんて、言うんでしょう」
「違うよ。」
僕は、笑った。
「踊れる場所」
車は、僕の言葉通り、山の上の野外ステージへと向かっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

現代版 光源氏物語

hosimure
恋愛
25年間、ひたすら真面目に地味に生きていたわたしはこの春、とんでもない所に部署移動しなければならなくなってしまった。 そこは女性社員ならば泣いて喜ぶ、『秘書課』! だけど私にとっては地獄! この部署移動の意味は…!?

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ
恋愛
戦国一の美女と言われた、織田信長の妹姫、お市。歴史通りであれば、浅井長政の元へ嫁ぎ、乱世の渦に巻き込まれていく運命であるはずだったーー。しかし、ある日突然、異世界に召喚されてしまう。同じく召喚されてしまった、女子高生と若返ったらしいオバサン。三人揃って、王子達の花嫁候補だなんて、冗談じゃない! 「君は、まるで白百合のように美しい」 「気色の悪い世辞などいりませぬ!」 お市は、元の世界へ帰ることが出来るのだろうか!?

推しがいるのはナイショです!

いずみ
恋愛
水無瀬華は、会社では困った新人に振り回されながらも、社員の憧れのエリート五十嵐課長に頼りにされ、有能に仕事をこなしているOLだ。 ある日、男に絡まれているところを助けてくれた、謎の男、久遠。 口の悪い久遠に最初は腹をたててた華だが、彼が自分と同じ、アイドル『RAGーBAG』のファンだと知って少しだけ警戒をといた。 課長が気になっていたはずなのに……華の心は、強引な久遠に惑わされていく。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...