上 下
24 / 106

水面下の火花

しおりを挟む
僕は、早まった事をしてしまったのか、ほんの微かに触れた唇は、熱く痺れていた。七海の前にも、女の子とは、何人か付き合った事もあった。全く、経験がない訳でもないのに、僕の唇は、熱く痺れていた。もう、何年も前に忘れていた感覚だった。七海とは、家族というか、妹みたいで、ときめく事もなかったから。帰りの車の中は、気まずい空気で一杯で、病院に着いた時には、ほっとした表情を浮かべていた。
「お疲れ様」
僕が、リフトを下ろして入る時に、車椅子に手をかけたら、莉子は、鋭い目で、僕を睨んだ。
「疲れた?」
「別に」
リフト車から、降りると莉子は、僕が手を出す間もなく、物凄いスピードで、自操して行った。
「え?どうして」
僕は、リフト車をしまうのも、そこそこに、莉子を追いかけると、飛び出してきた人影があった。
「え?」
莉子に気を取られている間に、僕の、頬に衝撃が走り、一瞬、何があったのかわからなかった。黒壁の姿が、飛び出てきて、看護師の安達の声が聞こえた。
「架?」
それと同時に、莉子の声が耳に入り、僕は、ようやく事態が、飲み込めたが、2発目が僕の頬に命中した。
「いてぇ!」
不意打ちを喰らって、僕は、片膝をついた。右手で、頬を押さえながら、見上げると、真っ赤になった若い男が目の前に立っていた。
「いやー。こいつは、昼間の件があったから、気分転換も必要かと、俺も一緒に行く筈が、俺がモタモタしてたので」
黒壁が支離滅裂な言い訳をするので、ますます怪しくなった。
「勝手な真似を・・」
激昂して3発目が来そうだったので、今度は、阻止できた。
「架!やめて」
莉子が、その男性と僕の間に割り込んできた。
「昼間、助けてくれたの。どうして、こんな事?」
「こんな事?患者を病院外に連れ出すのに、どんな理由が?」
架は、きっと、僕より、僕の気持ちに気づいていたと思う。その時の、僕は、まだ、興味あるくらいにしか、思っていなかった。莉子に関心がなかった癖に、僕が現れた途端に、ムキになり始めた?
「もう、帰るって決めたから。最後にこの街の灯りを見たかったから、私が無理を言ったの」
黒壁に支えられた僕に莉子は、言った。
「忙しいのに、新先生。ごめんなさい。夫の勘違いなんです。」
僕を撃沈するのに、夫という言葉は、十分な言葉だった。莉子は、家庭がある。
「そうは見えない」
そう言う架のジャケットの裾を掴むと
「今日は、疲れた。もう、戻りましょう」
ごく、自然に架は、莉子の車椅子に手を掛け、僕に一瞥を投げると、病院の長い廊下に向かって行った。
「なぁ・・・」
看護師の安達が、冷却バップを渡している時に、黒壁がぼそっと言った。
「ピアニストだったんだよな?」
「らしいね」
「殴るか?普通」
安達がため息をついた。
「受付の子が言ってたって。リハビリの男性は、どういう奴だって、聞いていたって言うから、彼女の旦那だったんじゃない?」
「今まで、放っといたって聞いたぞ」
黒壁は、自分が殴られたかのように、怒りまくっていた。
「そんなものよ。他の男に取られそうになって、焦り出したんじゃない?新先生、イケメンだし」
「俺は?」
「まぁ・・ちょっとだけ」
黒壁は、ちっと、舌打ちをすると、僕がエンジンを掛けたままの車の移動に行ってしまった。
「新先生。可愛い彼女がいるんだから、訳ありの人妻なんて、興味もたな事ね」
「いやいや・・・僕は、別に」
「はいはい。担当変えられる前に、中止になる見たいね。お疲れさん。またね」
安達は、ニヤニヤしながら、手を振った。帰宅前に、この騒ぎを見つけて、足を止めたらしい。莉子は、明日、病院を出ていくのだろうか。もう、彼女が歩く姿を見るのは、無理なんだろうか。僕は、ぼんやりと、空を見上げていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

処理中です...