上 下
20 / 106

そばにいるのに、手が届かない人

しおりを挟む
莉子が笑っている。自分といる時に、あんなに感情の露出をしたのは、いつ以来だ?硬膜下血腫を取り除く手術の後、リハビリは実家近くのリハビリ施設がいいだろうと選んだのは、架自身だった。莉子の父親が、震災復興に、病院や製薬会社の誘致に力を入れており、都内の大学病院の系列のリハビリ専門棟をもつ、病院の誘致に成功していた。莉子の両親も、自分の手元に娘が戻ってくるのを、喜んでいた。迷わず、病院に、莉子を送り届け、現実から逃避する日々を送っていた。慣れない仕事ながら、少しずつ、親のやり方を覚え、軌道に乗ってきた。莉子とは、夫婦でありながら、冷めていた。それは、綾葉への後ろめたさなのか。綾葉は、架の右手になりたいと言っていた。莉子が、側にいるのを知りながら、陰で、支えると言っている。自分が、報いる事はできないと思いながら、莉子への想いを抑えるしか無かった。何度も、リハビリ中の莉子に声をかけようとしていたが、綾葉の思いを裏切る気がしていた。
「あの娘のいい時期を、無駄にするんですか?」
事故にあった時、莉子との結婚が決まった時、カフェであった綾葉の母親に釘を刺された。莉子と別れれば、全て、うまくいくのだが。何度か、別れを告げに行ったが、目にしたのは、莉子の穏やかな笑顔だった。向けられた側には、2人の若いリハビリ師がおり、そのうちの1人に、ただならぬ気配を感じていた。
「君は、誰を見ているんだい?」
気になりながら、莉子には、直接、逢えずにいた。病院に様子を見に来る時は、何故か、リハビリのある時間に、そっと影から、覗いていくのが、日課になっていた。莉子を見つめる目も、莉子が、見返す瞳も、2人が何を感じ、思っているのか、莉子の夫には、わかっていた。
「莉子は・・・」
自分には、心を開いていない。何故なら、あんな眼差しを向けられた事もないし、向けた事もない。
「架?」
綾葉は、莉子の居る病院に向かう架に、ついて行くといい、車の助手席を占領していた。架の心の揺れを察したのか、最近は、堂々と架に同行する様になっていた。
「すぐ、戻ってきてよ」
車から離れる時、必ず、綾葉は、そう言う。だが、今回は、違った。莉子の居る病院に立てこもりが入ったと聞いて、架は、単身、高速に飛び乗った。綾葉が、同行したいと言ったが、架は、聞いていなかった。慌てて、ハンドルを握っていた。病院に着いた時、すぐ、莉子の側に駆け寄りたかった。だが、莉子の眼差しは、あのリハビリ師に向けられていた。
「なんなんだ?」
胸の奥が疼いた。あれは、自分の妻なのだ。妻は、自分を忘れ、他の男を見つめていた。架の中で、何かが、変わっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

処理中です...