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靴を無くした踊り手

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黒壁は、莉子を見つけると、まるで、宝物を見つけた子供のように、寄り添いストレッチャーについて行った。僕は、倒れた車椅子を起こしながら、駆けつけた彼らの後をついて、どうして、ここまで来たのか、考えながら、歩いていった。人気のない廊下。駆けつけた看護師は、最悪な事を口走っていた。
「まさかね・・・」
「飛び降りる気だったんじゃ・・」
「旦那さん、顔を見せないんでしょう」
主治医が、待つ病室へと急いでいく。莉子は、本当に、飛び降りるつもりで、塔に行ったのだろうか?僕は、ストレッチャーの後をついていきながら、掛けられた毛布の間から、莉子の足先が覗いているのに、気づいた。年頃の女性なら、ネイルで綺麗に塗られている筈の爪は、波打ち、やや外反母趾の細い足が覗いている。
「フラメンコをやっていた様よ・・・」
「可哀想に、もう、動かないなんてね」
「安達さん、私語はやめて」
黒壁は、短く注意した。爪が波打っているのは、激しく床を打つ為、爪が耐えられず、変形していく。莉子の後ろ姿に、僕が、何度も、惹きつけられたのは、フラメンコの踊り手のしなやかな後ろ姿だったせいなのかもしれない。ストレッチャーに横たわる姿は、ステージに立てば、映えるであろう姿とは、ほど遠く、髪は、手術の為に、短く、下肢に至っては、筋肉が落ちてしまい細く腕のような足だった。
「あれ?」
僕は、声を上げた。ほんの少し、莉子の足先が、動いたような気がしたからだ。
「黒壁?足先が、動いた気がするんだけど」
「は?バカ言うな。生理的な反応だろう」
先頭に立っていた黒壁が笑った。
「見間違うなよ」
「だけど」
「俺の担当なんだから、心配するなって」
「そうそう、新先生は、担当の患者さんが、リハ室で、待ってますよ」
先ほど、叱られた看護師の安達が言う。
「でも・・・その前に、家族の方が、お見えになっていたけど、どうしますか?」
親父か、お袋か?権威を利かせて、逢いにくるのは、辞めてくれって、言ったばかりなのに。僕は、少し、不機嫌になった。
「そう、不機嫌にならないで。逢いに来たのは、若い女性ですよ」
皆が、一斉に僕を見た。
「彼女かな?」
黒壁が笑いながら、ストレッチャーを莉子の部屋に、運び込んだ。
「後は、俺に任せろよ」
そう言いながら、黒壁は、僕の肩を叩きながら、ドアを閉めた。僕に逢いに来た女性。僕が、逃れたくても、逃れられないこの血を求めて、時間をかけて、この血に逢いにくる女性。
「心配だから、顔見に来た」
病院の廊下で、退屈そうに立っていたのは、僕の親が決めた婚約者。七海だった。
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