ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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殺意と友情の天秤で。

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心陽は、自分の両手をじっと見入っていた。助け起こそうとしたのである。階段のホールに倒れた莉子は、血の海の中に居て、ピクリとも動かない。慌てて、駆け降りた階段の途中には、履いてきたパンプスが転がっていた。そのパンプスを履いて来たのは、自分なのか、莉子だったのか、覚えていない。わかるのは、目の前に転落した莉子が居て、今、この時間にも、生命の危機に瀕している事だった。
「私は・・・どうしよう」
心陽は、動揺していた。話に来た筈なのに。莉子の夫架の事で、話がしたかった。優しい夫の仮面を被った架は、妻の莉子も自分の事も幸せにできない。酷い奴だと。いやいや酷いのは、友人の顔をして、側に居て、架が、振り向いてくれるのを待っている自分なのだが。自分は、友人の莉子を裏切っている。莉子の夫、架は、心陽も莉子も裏切っている。それを知らせたかった。現在、莉子の夫は、出張と称し、新しい恋人と一緒だと。架は、あなたの家族の肩書きに惹かれて結婚しただけだと。
「私は、酷い女だわ」
階段を戻りパンプスを拾い上げる。架に電話しようか?あなたの大事なお人形さんが壊れかけていると。それとも、壊れかけているのは、自分だと。早く、来てくれないと、何をするか、わからないと。心陽は、携帯を撮った。
「救急搬送をお願いします。」
心陽は、溜め息をついた。架は、きっと、来ない。落ち着いた頃、慌てた様子を装いながら、顔を出すだろう。心陽は、斃れている莉子の隣に腰掛けた。何て、言い訳しよう。莉子は、きっと、助かる。目覚めた時に、何て、言い訳しようか?考えながら、それでも、架と話をしたいと思うのだった。
 僕は、莉子を探し廊下に飛び出ていた。突き当たりを曲がると、外へ出る仮説の扉がある。曲がり角を曲がった瞬間、横になった車椅子が見えた。見覚えのある膝掛けが、床に落ち、その先に、足先が見えた。
「英さん?」
倒れた車椅子の先に、莉子が倒れていた。立ちあがろうとして、支えきれず、転倒したのか、車椅子のブレーキは、かかったままだった。自操する為、タイヤは大きいが、バランスを崩すと倒れてしまう。莉子は、バランスがとりにくい。自由の効かない足で、立ち上がろうとしたのか?扉まで、腕一つで、手が届く。
「居たか?」
僕が、莉子を抱えようとした時、同じ事を考えていた黒壁が、物凄い形相で、廊下の角から飛び出してきた。
「あぁ・・」
僕は、頷く。黒壁は、躊躇する事なく、胸ポケットの携帯を取り出すと、応援を呼び
「動かすなよ。また、頭を打っていると大変だからな」
落ちていた膝掛けを、莉子に掛けると僕に話しかけた。
「事故の事も、記憶にないんだろう。また、厄介な事にならないといいな」
莉子。君は、この扉を開けようとしたのかい?それなら、なぜ?
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