yours-夢の罪過-

仮初恋人遊戯

仮初恋人遊戯＜43＞

「どうして？」

「ゾンビのほうが衛生的にあれかなあ……って。一種の感染症みたいなものだし、ゾンビさんたちって大体血塗れだから」

　何気にリアリストな彼女らしい理由だ。

「血が怖いの？」

　感心しつつ、脳内でメモ帳を開く。これでいくら追加情報が出ても大丈夫だから、もっと君のこと教えてほしいな。

「血も出来れば見たくないけど……。その、血を媒介して感染うつる病気って結構あるし、怖いのばっかりでしょ？」

（…………そういえば、一緒に歯磨きしたときも指や爪の間から手首まで念入りに手を洗ってた。潔癖に片足突っ込んだ綺麗好きってとこかな？　……でも、もしそうなら、どうして男とっかえひっかえ出来るんだろう。俺にはわかんないよ……）
　
　暗がりの中でも彼女の口元は引き攣り、嫌悪感をあらわにしていた。

（……まあ、そのへん突っ込むのは、正式にお付き合い始めてからでも遅くないか）
　
　彼女が浮かべている以上の嫌悪感を捻り潰し、戸惑いを残した笑顔を作る。

「そんなに現実的な理由だとは思わなかったなあ……。でも、おかげでさっきよりお化け怖くなくなってきたかも。ありがとね！」

「どういたしまして。……それはいいんだけど、鏑木くん？　後ろ……」

「後ろ？」

　彼女の視線を追って振り向いたら、視界いっぱいに映り込むブレザー姿のお化け（役の人）が！

　俺も背は低くないはずなんだけど見下ろされてる。それだけ背が高いってことだ。そういう生徒もいるんだろうけど、そのキャスティングで本当によかったのかな。

「うっわ！　びっくりした！！」

　恐怖からではなく驚愕で飛び退くばかりか、彼女に抱き着いてしまった。

「意外と怖がってないね？」

　後ろからはのっぽのお化けが迫ってきて、まだ正式に付き合っていない男俺に抱き着かれているというのに、彼女は少しも狼狽えることもなく俺の背中をさすってくれた。

「だいぶ慣れてきたし、今のは予想できたからね。人が隠れるのにちょうどよさそうな死角だったでしょ」

　なんて、油断してたくせによく言うよ。心臓がバクバクうるさくて、今、何か可愛いことを言われても彼女の声を堪能するのは難しそう。残念。

「…………残念」

「残念？」

　彼女が俺の考えてたことをほぼ同じタイミングで口にしたから、驚いて復唱してしまった。

「もっと私に頼ってきてほしかったのに……。泣きそうな顔も可愛かったから、もっと見てたかったのに、さっきものすごく驚いてたわりに全然泣きそうじゃないし……」

　への字口から飛び出してくる不満は、とても可愛らしいものだった。

「え！？　俺、泣きそうになってた？　うわ～……。恥ずかしいなあ…………！」
　
「恥ずかしがることないのに！　誰にだって苦手なものはあるもん。私だってゾンビ怖いし……。さっきたくさん助けてもらったから、お返しできてよかった！　違うものが苦手だと助け合えていいね？」

「……そっか。そういう考え方もできるか。これからもお互いに補完していけたらいいね？♡」

「そうだね。よろしく！」
　
　握手を求めるみたいに小さな手が差し出されたけど、普通に繋いだら、彼女はなにかを訴えるような上目遣いで見てきた。