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親友転序
親友転序<16>
しおりを挟む帰り道はぎこちなくなってしまう――――なんてこともなく、他愛ない話をしていたら、見慣れた扉の目の前にワープしていたという感じだった。
「お先にどうぞ?」
家に着き、いつものように鍵を開けたあとは、斜め後ろの彼女に声を掛ける。正式に招待するのは初めてだから、ほんの少し恭しくね。
「ありがとう。ただい…………」
彼女ははっとして、言いかけた言葉を呑み込んだ。
「最後まで言わないの?」
「自分の家でもないのに図々しかったかなって思って……」
「図々しくなんてないよ?」
玄関扉を後ろ手に閉め、片腕で軽く抱き寄せる。
『少しでもときめいてくれますように』と願いを込めながら。
「…………ほんとはずーっと帰したくないし、毎日でも聞きたいくらいなんだから…………」
「え……?」
首をこちらに向けた彼女は、勝手な行動に対する非難か困惑なのか判別しかねる声を上げた。
「スキンシップは契約外だった?」
『禁じ手』という単語が脳裏を過ったけど、構わず拘束を強めて語りかけた。
「あ……。そっか! 今は彼氏だもんね? だめじゃないよ」
すると、彼女は納得したようにそう言って、首の前に回った腕に、ちょこんと手を添えてくれた。
「よかった」
そっちがどの程度のスキンシップまで想定してるかは知らないけど、念のため確認しておきたい。
短い言葉に気持ちを託して、また口を開く。
「ちなみに、『彼氏だから』? それとも、『俺だから』許してくれたの?」
「…………。鏑木くんだから。鏑木くんだったら……いいよ……」
もっと詳しく聞きたいところだけど、追及するのはかわいそうかな。
肝心の『いいよ』って部分がほとんど聞こえないくらいのボリュームだったのは、恥ずかしかったからだろうし。
「ありがと♡ したいことは許可取る前にしちゃったけど、してほしいこともあるんだ。俺のお願い、聞いてくれる?」
「なに……? 私は何をしたらいい?」
と尋ねる声には、日焼けしたあとの肌に残るような、ひりひりした緊張感が迸っていた。
「大丈夫。すごく簡単なことだから」
「簡単? ほんとに?」
何をお願いされると思ってるんだろう。彼女の声には警戒心が残ったまま。
「難しいことなんてないし、数秒で終わるよ。さっき言いかけたことを最後まで言ってほしいだけだもん」
「私、言いかけたことなんてあったかな?」
「あったあった。……ねえ。『ただいま』って言って?」
この子の声で聞きたい台詞は無数にあった。
でも、今は――――俺たちの関係を進めるのに必要な台詞より、煩悩てんこ盛りの長ったらしいおねだりより、そのひと言が聞きたい。
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