三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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HONEYDEW RAIN

HONEYDEW RAIN<XXXV>

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「そうなの?♡ ラブストーリーだったらなんとなくそうかなぁって感じはするけど、ホラーがイチャイチャする口実?」

 彼の腕に自分の手を置いたり、置かれた腕を引っ張ってきて抱き締められる形にしたりしたい気持ちを抑え、会話を続行した。

「……あれ?♡♡ もしかして、きみって意外とおばけとか怖くないタイプ?♡ おっきい音とか苦手だし、苦手なんじゃないかなって勝手に思ってたんだけど」

 笑いを含んだ声は少し意地悪な雰囲気も纏っていて、学校など他人ひとの目のある場所ではお目にかかれない彼が好きなわたしは勝手に色っぽい気分を掻き立てられ、脚をもじもじさせてしまう。

 身体は触れ合っていないものの、水面に波が立っただけでも勘のいい彼にはわたしがなにをしたかきっとすぐにわかってしまうのに。

「うん。音には驚いちゃうから、ひとりで観ようって気にはならないかなぁ。でも、ホラー自体は苦手じゃないよ?」

「怖くないの? ずぶ濡れの女の人の幽霊とか、真夏なのにコート着込んだ明らかにこの世のものじゃない女の人とか」

 偏見の少なそうな彼だが、『幽霊といえば女の人!』という先入観は持っているらしかった。
  
「怖くないわけじゃないけど、猟奇殺人モノとかそういう…………なんていうのかな、サイコホラー?」

「『人間の心の闇!』みたいな感じの恐怖だったらサイコホラーっていっていいんじゃないかな? 俺も詳しくはないけど」

「……とか、宗教とか因習絡みのお話のほうが怖いかなぁ。それでも、スプラッタに比べたら全然見られるけど。血飛沫が上がるようなのは本当に見てられないから、君がそういうタイプのホラー好きじゃなくてほっとしてるくらい」

 話を進めていくごとに彼の笑みは深まっていく。いまこうしているあいだにも、彼のなかでは次回の鑑賞会で観る作品の選定が行われているのだろうか。

「そっか?♡ ……いまの話の感じだとさ、こないだ一緒に観たやつはきみのなかでは大丈夫な部類だったんじゃないかと思うけど、そんなことない?♡♡ おばけ役の女優さんが迫真の演技だったから、そのせいかな?♡」

 口角を限界まで引き上げた彼は、確信を持って問いかけてきた。

 先ほどの質問は、あのときのわたしの行動の理由――――もっと言うと、どの程度本気で怖がっていたかを探るためのものだったらしい。

「…………ごめんなさい。怖かったのは嘘じゃないんだけど、ほんとは画面見られないほど怖がってたわけじゃないの。『いまなら思いっきり甘えられそう』って思って、あんなことに…………。映画鑑賞の邪魔しちゃってごめんね……」 

「なんでなんで♡♡ 言ったでしょ♡ きみは途中からイチャイチャしたい気分になっただけで、俺は最初からきみに甘えてきてもらうつもりで誘ったんだって♡♡」

「ほんと?♡ 迷惑じゃなかった……?」

「ほんとほんと♡♡ 君も口実あったほうが甘えやすいんでしょ?♡ だから、これからも俺は君をホラー映画鑑賞に誘うよ♡ でも、本当はそういうときだけじゃなくて場所とかシチュエーションとか関係なく甘えてきてほしいってことも忘れないでね♡♡」

「忘れないでもなにも、それはいまはじめて言われたような気がするんだけど…………♡♡」

「あ、そうだっけ?♡ ……ちなみになんだけど、俺のほうもいつもきみのこと甘やかしたい欲と戦っててさ♡ いまとか猛烈にきみをでろんでろんに甘やかしたいんだけど、きみは許可ゆるしてくれる?♡♡」

 彼の腕が両方とも湯船に沈められた。彼のしたいこととわたしのしてほしいことは、おそらく一致しているだろう。

「甘やかす…………の内容にもよるかな?♡」

 半分だけ顔を見せて、彼の反応を窺った。
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