三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

文字の大きさ
上 下
146 / 187
HONEYDEW RAIN

HONEYDEW RAIN<XVII>

しおりを挟む

「恥ずかしいからなんともなくはないけど、君に触ってもらうのは好きだから本当に気にしないで?」

 彼の目に妖しい光が灯ったことに気付かなかったわけではないけれど、頭のなかで組み立てたままの答えを口にした。だって、どう思われたとしても誤解を解くほうが先決だと思ったから。

「へぇ?♡♡ 『俺に触られるのは好き』?♡♡」

 すると、彼はゆっくりとわたしの発言を復唱した。

「…………あ、えっと……。『君に触ってもらうのが好き』っていうのは別に変な意味じゃなくて、服着てても着てなくても同じだからね……! 安心するの、『近くに君がいるんだなぁ』って思えて」

 巷で流行りだというツンデレ属性がごとき言い回しをしてしまい、その場から消え去ってしまいたくなった。
 
 あざとくて嫌とかではなく、自分の気持ちを素直に表現するのが苦手なわたしは、流行する前から最大限頑張ってもそういう感じにしかなれなかった。
 
 だから、自分を見ているようで苦々しい気持ちになるので苦手だ(し、できれば自分もツンデレを脱却したい)というだけだ。

「そっかそっか♡♡ きみは俺に触られるのが好きなのか♡ 『服着てたらいいけど直接はダメ!』じゃなくて本当によかったよ。そしたら、一生セックスできないきみのことだけないもんね♡♡ でも、変……というかエッチな意味でも『触ってもらうの好き♡♡』って言ってもらえるように頑張らないと♡」

 またしても復唱してきた彼は、わたしのつれない態度にダメ出しするでもなく落ち込むでもなく鷹揚に笑い飛ばしてくれるけれど、表に出さないだけで傷付いているかもしれない。
 
「…………そんなこと言うんだったら、お風呂入ってるあいだはお触り禁止にしちゃうよ? 君がわたしの気持ち無視して変なところ触ってこようとするんじゃないかって疑ってるわけじゃないけど……」

 大切なことは目を見て心に直接届かせるように伝えなくてはと思うけれど、やはり勇気が足りなくて、目の前の鏡を頼った。

(ここがお風呂場じゃなくて電車のなかとかで、お互いちゃんと着込んでたら、『その場に居合わせた他人』にしか見えないかも…………)
 
 浴室の鏡に映っているわたしたちは、すぐに触れ合える距離にいるのにどこかぎこちなくて他人行儀な気がした。

(さっきみたいに抱き寄せられてるところ見てたら違う感想になってたかなぁ。……そんなことないか。まだお互いに遠慮が抜けないもんね)

 彼と付き合い始めてから、それまでは風景の一部としてしか認識していなかったカップルに目が向くようになった。
 
 街を歩いているカップルやレストランで食事をするカップルのなかには、もちろんわたしたちと同じように不仲なわけではないけれどよそよそしさを感じる人たちもいたけれど、親密な雰囲気を漂わせている人たちが半数以上だった。
 
 そういう人たちを見ては、『わたしも彼とあんなふうに恋人らしい距離感になりたい』という思いをいっそう強め、そのたびにふたりのあいだに不足しているものについて考えるけれど、毎回『肉体関係の有無』という身も蓋もない結論に達してしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...