三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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HONEYDEW RAIN

HONEYDEW RAIN<Ⅸ>

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「髪ありがと。さっきから気になってたの」

「どういたしまして♡ このへんにも一枚タオル敷いとこっか♡」

 彼は左手を離し、小さな水たまりができてしまっていたところにタオルを置いてくれた。

「ありがとう。えっとねぇ……。わたしが見た感じだと、君の部屋かなぁ? 服とかもクローゼットに入ってて、必要なもの以外外に出てないイメージ。……だけど、リビングものびのび過ごせる空間って感じだし、そのどっちかかな?」

「なるほどね♡ どっちも正解だけど、完全な正解じゃないんだなぁ♡♡」

「どういうこと? 『全部のお部屋が君には広すぎる』とかだった?」

 入ったことのない部屋もあるけれど、設計や他の部屋との兼ね合い、彼のお父さんの考えからなんとなく間取りの想像はつくというものだ。

「お、せいかーい♡♡ ちなみにだけど、理由はわかる?♡」

 煌めきを放つ星を閉じ込めてしまったかのような双眸に答えをせっつかれているけれど、残念ながらわたしには見当もついていなかった。

「えぇ? うーん……。『君がお父さんの思ってるよりも狭いところが落ち着く人だから』、とか…………?」
 
「いや?♡♡ 俺もある程度広さあったほうがのびのびできて好きだよ♡ でもね、どんなにインテリア凝ってみても、きみがいないと完成しないんだよ…………。いま目付けてるやつ買ってぎっちぎちのごっちゃごちゃにしたって、俺の心は全然埋まらない……。俺の理想の家にはなりっこないんだよ」 

「…………それって、もしかして…………♡」

 胸に手を当てて首を傾げたら、彼はわたしの聞きたいことをわかってくれたようだ。彼は言葉で肯定するより先に、はっきりと首を縦に振ってくれた。

「うん、そう♡♡ 俺の家に決定的に欠けてるたりないのは、きみってこと……♡♡ たぶん、四畳一間の狭い部屋に住んでたって、同じこと思ってたんじゃないかな」

 掠れた声は切なさを搔き立てるギターソロのよう。

(泣いてる……? と思ったけど、わたしじゃあるまいし……!)
 
 頬が濡れているのは気のせいだったけれど、いま彼が浮かべている笑顔は泣き顔よりも数段寂しそうに見えた。
 
「…………なーんて♡ いま言ったことは全部ほんとだけど、こんなこと言われても困っちゃうでしょ。とりあえず、『いっつもお呼ばれしてばっかりで悪いな』とか思わないでいいからね♡♡ 俺がきみに来てほしくて、勉強会にかこつけて俺んちに連れ込んでるんだから♡」

「つ…………連れ込むって……♡♡」

 いつもの彼に戻ってくれたのはいいけれど、なぜそう意味ありげな言い回しを選ぶのか。濡れて張り付く制服によって下げられていた体温が急上昇した。
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