三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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Interlude

Interlude<LII>

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「それ、『』って言うのかな?♡」

 問いかける声は、我ながら期待に溢れていた。

「言いたいことはわかるけど、なにも平均が真ん中あたりとは限らないでしょ♡♡ 真ん中らへんのイメージ持っちゃうのはわかるけど、個人の場合は特に。たとえば、全教科の試験で100点を取った人がいたとしたら、その人の平均点は100点ってことになるわけでさ。それとなーんにも変わらないと思わない?♡」

 出鱈目に口ずさみながら作曲に興じるシンガーソングライターよろしく、彼は軽やかに言い切った。

「そうだね? ところで…………いまのって、自己紹介だった?♡」

 会話するときは相手と目を合わせて――――というのは基本中の基本だと承知してはいるけれど、目よりも下に目が行ってしまう。

「さぁ、どうかな?♡ ……きみは知りたくない?♡ 行ってみたくないかな?♡ どこ触られてもおかしくなっちゃうくらい気持ちよくなれる世界線……♡♡」

 形のいい唇。……罪作りな唇。彼の唇はなにかを語っていなくたって、どこかに触れていなくたって、ただそこにあるだけでわたしを誘惑してくる。

「……なれるかな?」

 彼にしてもらうことすべてが心地好いのは事実だし、実感もしているけれど、いかんせんトラウマが多すぎる。別人のように身体をくねらせる自分を思い浮かべながら、首を傾げた。

「んー、そうだねぇ……。『なれるよ』って言ってあげたいけど、無責任なことは言えないしな……。俺はもちろん全力を尽くすけど、その域に達するためにはきみにも頑張ってもらわないといけないんじゃないかな?」

 結んだ口角は上を向いている。デートの計画やクレープを選んでいるときと同じく、このうえなく楽しげに。

「わたしにも?」

「そう。……きみはもう十分すぎるくらい俺のこと信頼してくれてるから大丈夫だと思うけど、リラックスして力抜いて、全部俺に任せて……ってとこがスタートラインなんじゃないかなって思うんだよね。それってたぶん、口で言うほど簡単じゃないし。身体に触れる……触れさせてもらうっていうのは、その次のステップじゃない?」

「…………なる……ほど?」

 相槌とは裏腹に首を傾げると、彼はそっとわたしの手を取った。嫌悪感など芽生えようはずもないけれど、予告なしの動作に肩を跳ねさせてしまった。
  
「やっぱりさ、他人に身を委ねるって怖いものでしょ。すごく。手だって、いまみたいに急に繋がれたらびっくりするよね。もっときわどいところだったら、びっくりだけじゃ済まないと思うし…………。本当は手を触られるのだって同じなのかも。相手とか状況とか、その人の気質とか……理由はいろいろあるだろうけど。……ごめんね、なんにも言わないで突然触ったりして」

 その様子を見た彼は、するりと手を解いた。さらっとした肌の感触が寂しさを増長させた。

「ううん。全然、君だったら本当に平気だから!」

 口先だけではないと証明するために、去っていったぬくもりを引き留める。
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