三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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Interlude

Interlude<XLI>

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「それって、なにか問題ある?♡」

 耳の奥で響く鼓動を掻き消すように問いかけた。

 彼と付き合うまで意識していなかったし、現在も彼以外ほかのひとの喉仏に特段興味はないけれど、話をしているときや飲み物を飲んでいるときなど、大きく動く可能性があるときは、そこそこの確率でそこを注視してしまう。

 中性的な容姿を持つ彼の、数少ない(と言うと本人は機嫌を損ねてしまいそうだけれど)男性的な部位だからだろうか。

「んー。…………いまが試験期間っていう、きみと俺共通の事情を除けば、よ。でも、きみは前にいろいろあったみたいだし、そういうことがあんまり好きじゃないのかなと思ってて…………。違った?」

 彼はゆったりとした動作でカップに口をつけた。気持ちを落ち着かせるためだろう。
 
 人前に出る機会が多いせいか。はたまた、お父さんの期待を背負っているせいか。気分の揺れを他人に見せないように努めている彼だけれど、どんなときも笑顔を張り付けてきたわたしだからか、最近はほぼ一定に見える彼の気分の上下を少しだけ見抜くことができるようになってきていた。

「…………どう、なんだろうね」

 しかし、彼の様子を気にしている場合ではない。問いには答えなければ――――と思ってしまうのは、勉強を頑張っている唯一の弊害か。

「前に付き合ってた人たちとのあいだには、あんまりいい思い出がないし、最近見てる嫌な夢の内容も昔あったことをなぞってるみたいな感じで、全然怖くないって言ったら嘘になっちゃうと思うけど……」 

 連日の悪夢の内容について、どの程度触れるのがだろう。
 
「…………君だったら大丈夫じゃないかなぁ、って気もしてて」

 迷ったけれど、軽く匂わせる程度にとどめておいた。
 
 子どもっぽいやきもち――――は意外と焼くほうかもしれないと思うことも多々あったし、わたし自身も彼とふたりで過ごしたおかげで薄れてきた不安や恐怖に満ちた記憶をわざわざひっくり返したくはなかったから。

「ほんと?♡♡ 嬉しいなぁ♡♡」

 彼はぱぁっと顔を輝かせたけれど、それもほんの一瞬の出来事で、すぐさま眉を落とした。

「……まだ触ってないとことか触られるの想像しても嫌じゃない? 大丈夫そう?」

 声のトーンも落ちている。わたしよりも彼のほうが元気がなさそうだ。

「全然嫌じゃないよ?」

 答えてから、語尾が上がって疑問形じみて聞こえることに気が付いた。

(どうしてわたしはいっつもこう……!! 彼みたいにいっぱい『大好き』って伝えたいのに、全然うまくいかなくて、変につんつんしちゃうの……)

 これでは本心からの回答かどうか疑わしい。

 いまの言葉に加えて、『君に触られるのは嫌じゃないどころか、むしろ触ってほしいくらいだ』と伝える方法は――――と口元に手を当てたとき、腕の内側に柔らかいものが当たった。
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