三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

文字の大きさ
上 下
70 / 203
Interlude

Interlude<XXX>

しおりを挟む

「…………君、いつもそう言ってない?♡ 自信作じゃないときなんてあったかなぁ?♡」

 ハンドルを持ち上げたら、馥郁とした香りがいっそう強くなった。

 彼のお気に入りの茶葉に、いつも使っている牛乳の香りが渾然一体となって――――。その奥にもうひとつ、なにか別の甘さが潜んでいる。今日の隠し味はなんだろう?

「思い出せる限りは一回もないね♡♡ 自信作だよ、毎回♡ 大好きなきみに飲んでもらうんだもん。中途半端なものは出せないよ」

 彼は香りを楽しむわたしを急かしはしない。けれど、自信作の一杯を早く飲んでほしそうに、期待に満ちた目で手元の動きを注視している。

「きみはコッテコテの甘党だけど、たくさんのお砂糖で舌がお馬鹿さんになってるなんてこともなくて、特に大好物には『これでもか!』ってくらいこだわるもんね。きみに満足してもらえるミルクティーに辿り着くまでに、二ヶ月はかかったもんなぁ……」

 長かった日々を振り返っているのだろう。
 
 彼は目を閉じたけれど、チャームポイントのひとつである大きな瞳の威力が存分に発揮されていない状態でも可愛さが損なわれないなんて、羨ましい限りだ。

「ごめんね?」

 忙しい合間を縫って二ヶ月でわたし好みの味に辿り着いた彼――――というか、彼の執念は尋常でなくすごいと思う。

「ううん。俺が勝手に挑戦しただけだし!」 

 そわそわと脚を組み替える彼をもう少しだけ見ていたい気もしたけれど、せっかくおいしく淹れてくれたのだから、冷めないうちに味わいたい。

「いただきます」

 目に優しい色合いの液体を少量口に含んだ。

「……今日はメープルシロップがちょっと入ってる?♡♡」

「大正解♡ フロランタンがあるから、合うんじゃないかと思ってそれにしたんだ♡♡ ナッツとメープルの組み合わせは王道でしょ♡♡」  
 
 彼はテーブルの上にずらりと並んだお皿のうちのひとつを両手で持ち上げた。わたしもよく手に取ってしまう、お馴染みのお城の絵皿だけれど――――。

「ちょっと余白多めだね?♡」

 そのお皿を使わせてもらうことが多い最大の理由は、サイズがちょうどいいことだ。
 
 彼はいつも余分にお菓子を用意しておいてくれるし、わたしが用意するときも大体張り切って作りすぎたり買い込みすぎたりしている。

 早い話、お城の描かれているお皿は直径が大きいのだ。お菓子の乗っていない部分からは当然絵が見えるので、そういう使い方もありなのかもしれない。

「きみも思った?♡ いろんなお菓子をちょっとずつ出してるから、他の一緒に乗っけてもよさそうだったんだけど、フロランタンってなんか煉瓦みたいだし、城壁っぽくてかわいくなるんじゃないかなぁと思って♡♡」
 
 勝手に納得しているところに、彼の解説が添えられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...