三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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Interlude

Interlude<Ⅱ>

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「もしもし……!」

 寝起きの声は掠れていて、いつも以上にかわいくない。
 
「おはよう♡ 起きてた?」

 それなのに、はにかんだ声からは、いま彼が柔らかな笑顔を浮かべていることどんなかおをしているかまで伝わってきた。

 電話の声は本人の声に似せた合成音声だそのものではないと聞くけれど、それでもざわざわして落ち着かない気持ちを鎮めてくれる。

「この電話で起きたよ」

「えっ、そうなんだ!? 起こしちゃってごめん!」

 電話の向こうで、バサバサッという音がしたあと、ぱんっという音が鳴った。

 おおかた、彼はハンズフリーで通話しながらノートか教科書を開いていたんだろう。けれど、わたしの返事を聞き、手を合わせて謝罪したら、広げていた冊子が支えを失って落ちてしまった――――。こんなところではないかと思う。

「ううん!」

 落としたものを拾うよりも、たとえ相手わたしに見えなくても仕草つきで謝ることを優先することに彼らしさを感じて微笑ましくなる頃には、就寝時に搔いた冷や汗もすっかり引いていた。

「わたしこそ嫌な言い方しちゃった気がする。ごめんね。……すごく悲しい夢見てたから、起こしてもらえてすごく助かったよ」

「…………そっか。じゃあ、電話してよかった!」

 一瞬だけ暗くなった声は、すぐに明るさを取り戻した。 

「君が朝に電話してくるなんて珍しいね。わたしに何か用事?」
 
「あ、そうそう! 昨日、俺んちに化学のノート忘れてったでしょ?」

「……え? そうなんだ? 全然気付かなかった。昨日、疲れてて家では宿題以外できなかったから……」

 テーブルの端に寄せてあったスクールバッグを引っ張ってきて、中身を確認する。

「…………あ、ほんとだ。ないね、化学のノートだけ……」 

 できていないのは宿題を除く勉強のみならず、明日(今日)の支度もだった。電話を切ったら、急いで中身を詰め直さなければ。

「俺もさっき気付いて。昨日のうちに気付いてたら渡しに行けたのにって思ったんだけど、困ってないならよかったよ。あとで渡すね!」

「うん、ありがとう。またあとでね」 

 通話が終了したときには、ひどい悪夢の内容も大部分が気にならなくなっていた。

(ノート持ってきてくれるお礼と起こしてくれたお礼でなにかしたいけど、彼が喜んでくれそうなものってなんだろう?)

 鞄の中身を詰め替えたあと、鏡の前で考える。

(…………そういえば……。うん、いいものがあった!)

 届いたばかりの段ボールからお目当ての品をひとつ取って鞄に入れたら、彼と会うのがよりいっそう楽しみになった。
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