三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<XXXII>

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「だめじゃ……ない、けど…………♡♡」

 ここぞという場面で煌びやかな顔面をフル活用してくるこのひとは、最初からツインでなくダブルの部屋を取るだろう。

 『同じ寝床で寝ざるをえない状況を先に生み出してしまう』のだ。

「けど?♡」
 
 宿泊先が旅館であっても、予約の段階で備考欄に同行者であるわたしのことを恋人か婚約者と明記して、布団をくっつけて敷いておいてもらえるように取り計らうに違いない。

 わたしだって大好きな彼と同じ部屋にいながら別々に寝たくなんてないけれど、安易にその要求を呑めないのにも理由があった。

「…………わたし、すごく寝相悪いから、寝てるあいだに君のこと蹴ったり殴ったりしちゃわないか心配で…………」

「それなら心配いらないよ♡♡ きみが身動き取れないくらいぎゅううううってしててあげるから♡♡」

 悩みを笑い飛ばしてくれたまではいいけれど、そのあと彼はわたしの腰に抱き着いてきた。『ぎゅううううっ』という効果音のとおり、結構しっかりと。

 当然、お腹には彼の顔が当たっている。――――高い鼻が刺さるくらいに顔を押し付けてこられると、少し困る。
 
 服を着ていればカバーできるぽっこりおなかがわかってしまうのも恥ずかしいし、お腹の奥の疼きを無視できなくなってしまうから。

「嬉しいし頼もしいけど、寝かせる気ある?♡」

「んー、実はないのかも♡♡ でもさ、床に転がり落ちるとしても、ひとりよりふたりのほうがいいでしょ?♡ きみの下敷きクッションになれるなら本望だよ♡♡」

「…………君に下敷きになんてなってほしくないから、落ちないようにわたしのこと、しっかり捕まえててね……?♡」

「もちろん♡」

 いつか彼の子を宿す日がきたら――――。君はいま以上に愛おしげに、おなかに頬擦りしてくれる?

 きっと、赤ちゃんが潰れないように、優しく優しく、大きな翼で包み込むように抱き締めてくれる。

「……あ。でも、布団かもしれないね? いままでベッドの前提で話しちゃってたけど。きみはホテルと旅館、どっちが好き?」

「君と一緒だったら、どっちでもいいよ?♡」

「なにそれ♡♡ かわいい♡♡ じゃあ、一緒に探して決めようね♡」

 彼が話すごとにおなかのなかまであたたかくなっていく。わたしの手は、いつのまにか陽に透ける柔らかい髪を梳いていた。
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