三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<XXVI>

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「……最初からなかったらまだ諦めもつくけど、大事にしてたものがなくなっちゃうのは悲しいよね……。『悲しい』なんて言葉でも軽すぎるくらいなんじゃないかなぁ」

 俯いてしまった横顔に語りかけた。

 学校に行っていた彼と仕事で家を空けていたお父さんは無事だったけれど、家は全焼で、なにひとつ残らなかったという。

 そのなかには当然、ご両親の写真や彼の成長を収めた何冊ものアルバムも含まれていて――――。

「うん……。でも、そんな悲しいこと言わないで? 『ない』のを当たり前なんて思わないで……。どっちも悲しいことだもん。比較なんてできないし、最初はなかったとしても諦めないでほしいよ……。俺がしてあげられることには限りがあるけど…………」

 一方、わたしはというと、自室の本棚に一冊だけあるアルバムは最初のほうの数ページしか埋まっておらず、お食い初めや七五三といった節目を迎えたわたしが幼子と思えぬほど難しい顔をしてレンズ睨む写真ばかりがきちっと整列していた。

 そんなすかすかのアルバムの中身を思い出しているのかもしれない。彼はこちらを向いて、慰めるようにそっと頭を撫でてくれた。
 
「わたしは君にいろんなものをもらってるよ。親よりもわたしのこと考えてくれてるし……。付き合っていままでの分だけでも、一生分余裕で超えた愛情かけてもらってる気がするもん。いつもありがとう」

 ――――では、わたしは彼になにをしてきただろうか。もっとしてあげられることがあるのではないだろうか。
 
 せめて感謝が伝わるようにと願って抱き着いた胸は、いつもより薄く感じた。

「君のお父さんとお母さんは不器用なだけだと思うけど…………。でも、そう言ってもらえて嬉しいよ♡」
 
 すると、彼も宝物を抱き締めるように抱き返してくれた。

「……さっきの『結婚のことは全然考えてなかった』って話の続きなんだけど、引かないで聞いてくれる……?」

「もちろん♡ 続きあったんだ?♡♡」

「…………あのね? 結婚したあとの想像……っていうか、妄想……だったら、気がついたらしちゃってるっていうか……♡♡」 

 にっこりとかわいらしく弧を描いた口を見上げながら、何度も脳内に描いてきた風景を言葉にしていく。

「俺と結婚したあとの生活?♡ ちょっと詳しく聞かせてよ♡♡」

「えっと…………。『もうこんな時間だから、そろそろお暇しなきゃ……みたいなこと考えなくてよくなるんだなぁ』とか、『一日のいちばん最後も一日のいちばん最初も君と一緒なんて幸せだなぁ』とか……?♡♡」

 はにかんで唇を結ぶと、額にひとつキスが落とされた。
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