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彼と彼女の放課後
彼と彼女の放課後<XXI>
しおりを挟む「大切にしたいんだよ。きみのこと……。『キスだけじゃ足りないな』って思ったことなんて、一度や二度じゃないし、妄想のなかで何回きみのことめちゃくちゃにしたかなんて数えきれないし…………」
顎の下を擽る手つきは、普段より少し官能的に思えた。
「…………だったら、妄想のなかのわたしじゃなくて、現実のわたしを抱いてくれればいいだけなんじゃないの……? 別にいますぐそうしてなんて言うつもりはないけど……」
理解が追いついていないようで、彼はぽかんとしている。愛の言葉もスキンシップも控えめな彼女が突然そんなことを言い出したのだから、無理もないだろう。
「『大切にしたい』って君は言うけど、手を出さないことが『大切にすること』なの? それでわたしが不安になっても?」
しかも、いますぐしてほしいというふうに聞こえなくもないのだから、なおのこと。
「…………これまでの彼女とも、俺のほうからそういうことしようって言ったわけじゃなくて、向こうから誘ってきたからした。……でも、きみとはそういう感じでしたくないんだよ」
「そういう感じって?」
「いい加減に。流される形で。……それだけじゃない。もし本当にしたとするよ? そしたら、あとあとトラブルになったとき、先に言い出したほうが圧倒的に不利でしょ。しようと思えば、全部きみのせいにもできちゃうわけで…………」
顎のところにあったはずの手は、肩を掴んでいた。気のせいでないのなら、彼は震えていた。
「……なにかあったら、全部、わたしのせいにしてくれていいよ」
手を重ねてみたって、心までぴったり綺麗に重なるわけではない。わかりきっていることなのに、なぜかそうせずにはいられなかった。
「どうしてきみは自分のことを大切にしてくれないのかな……!! さっきはぐらかそうとしたのは、なんとなくだけど、きみがそういうふうに言いそうだなって思ってたからだよ」
震えているのは痛いくらいの力で肩を掴む手だけではなかった。
バラードのクライマックスで喉という弦を震わせるヴォーカリストさながらに、その声には表情がついていた。怒りと見せかけて、その実、悲しみ、あるいは嘆きのような。
「それだけ?」
「ううん。昔は断りきれなかったけど、絶対軽々しくしちゃダメだったよなって後悔してるっていうのもある。いちばん大事なきみ相手に、同じことしたくないし……」
「どうして? みんな普通にしてるのに」
「『みんなしてるから』って…………。そんなの理由にならないよ。みんなで渡ったって赤信号は赤信号でしょ。最悪、全員撥ねられて終わりだよ」
ブラックジョークに恐ろしい結末を添えた彼は、呆れたように肩を竦めた。軸のブレやすいわたしを見損なっただろうか。……今度こそ見放されてしまうだろうか。
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