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彼と彼女の放課後
彼と彼女の放課後<XV>
しおりを挟む――――『人生は思っているより短い』、『どんなに健康な人でも、いつ死ぬかわからない』。このふたつは、彼との会話における頻出フレーズだった。
若くしてそうまで達観したことを言うのは、誰かの受け売りなどではなく、彼自身が小学生のときにお母さんを亡くしているからだと知ったときは、妙に納得したものだった。
「俺は早く結婚して、きみを社会的にも俺だけのものにしたいのに」
先ほどのふたつも頻出であることには違いないけれど、彼との会話のなかで、いちばんよく聞くのではないかと思うフレーズはそれだった。
「……『俺だけのものにしたい』って、何回も聞いたけど……」
本の表紙に躍る『頻出単語』の無機質なフォントから、ふたつの大きな瞳に視線を戻す。
ダイニングテーブルの上に単語集があるということは、ここでも彼が勉強をしているという証拠に他ならなかった。
「…………だったら、どうしていつまでも抱いてくれないの?」
すべてにおいて覚悟が違う君が、わたしたちの関係を進めることについてだけは腹を括れていないなんてこと、ありえないんじゃないの?
「え……? 抱く…………?」
狼狽えたような声が聞こえて、頭のなかだけで完結させていたはずの考え事を口にしてしまっていたらしいことにやっと気付く。
予想外の発言だったのか、彼はカップを持ったまま固まってしまった。なんて澄んだ瞳をしているんだろう。
「…………考えたこともなかった? わたしたち、付き合って何ヶ月経つと思う? ……ずっと、待ってるんだよ? 待ってたのに…………」
でも、最後まで言う前に気付いてしまった。待っているくせに待っていると伝えないわたしのほうにこそ非はあるのだと。
伝えていればそれで済んだはずだ。彼がいつもそうしてくれるみたいに。
だめならだめで、しっかり理由まで教えてくれるだろうし、彼もその気でいたのなら、とっくにわたしたちは次の段階に進んでいたはずで――――。
「別にそういうことが特別好きってわけじゃないけど……っていうか、たぶん苦手なほうだけど。君には触れてほしい……。早くカラダもココロも君のものになりたいよ…………」
いま言うべきことではないし、こんなことはふたりの進路が決まってから考えるべきことだ。諭されずともわかっている。
しかし、わたしは覚悟が足りないのか、それとも注意力散漫なだけか。彼と違って、勉強一色にはなれない。
なんて刹那的な思考だと頭を抱えたくもはるけれど、わたしにとっては、将来のことなんかより大好きなひとと心身ともに深く結び付くことのほうがずっと大事だった。
「……そっか。不安にさせちゃってたか……」
ことん、とカップを置く音がして、言いたいことを言うだけ言ってテーブルに伏せてしまったわたしの頭をあたたかい手が撫でてくれた。
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