三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<XIV>

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「ねぇ、いまからでも遅くないよ? ……ついてきてくれないの……?」

 顔を上げた先には、涙を湛えた彼の姿。ここまでか細い君の声は、いままで聞いたことがない。
 
「生活費だって全額出すし、適当でいいから家のことして、空いた時間は好きなことして、毎日俺のこと『ただいま♡』って迎えてくれればそれでいいって言ってるのに…………」

「ただの専業主婦……!」

 そう口を衝いて出たけれど、もちろん専業主婦を軽んじているわけではない。
 
 お菓子作りは好きだけれど、作業と並行して、使用した調理器具を綺麗に洗って、拭いて、元の場所に戻すだけのことさえ面倒に感じてしまうわたしからすれば、毎日数回そういったことをこなす必要のある料理を継続できるというだけでも尊敬に値するというものだ。

(しかも、家事ってお料理だけじゃないし……。掃除に洗濯に……。毎日じゃなくても定期的にしなきゃいけないこともあってものすごく忙しいし、そこに子育てまで加わったら、気が休まる瞬間なんて全然ないよね…………)
 
 私の母は私が幼い頃から仕事に復帰してバリバリ働いていたけれど、それでも家事を外注することはなかった。

(だから、忙しい彼を支えてあげられないのが余計に申し訳ないっていうか……! 自分で拒否しておいてなにをって感じだけど、自分のためだけにしなきゃいけない家事より彼の役にも立てる家事のほうがずっと頑張れるだろうとは思うんだけど……)

 ――――にもかかわらず、家の中は常に片付いていた。
 
 しかし、残念なことに、彼女の実子であるわたしは仕事も家事もどちらもうまくできる自信がないし、誰からも期待されていないと知っている。
 
 ただ、厄介なことに、わたしのプライドも悔しさもまだまだ現役を引退してくれる気はないようで、どちらか片方だけでも立派にこなせるのだと立証してみせたかったし、ひと言でいいから褒めてほしいと願ってしまっていた。
 
「そうだよ?」
 
 いまさらなにを言っているんだと言わんばかりの声に驚いて顔を上げると、彼は声からは想像もつかないほど穏やかで優しい笑みを浮かべていた。

(……そうだ。話の途中だった。……けど、なんの話してたっけ?)

「いつかは俺の奥さんになってくれるって言ったよね? だったら、早いか遅いかの差しかないじゃん。なにが問題なの? し、んだよ」

 普段は丸く優しい彼の言葉は、時折、鋭利な刃物に変化する。

「…………うん。そうだね…………」
 
 どうにか返事したけれど、いまだって短剣で心臓をひと突きされたような心地だった。
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