三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<Ⅹ>

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(…………あれ? なんだかこの言い方って……)

 独特の話法まで移っている気がしたせいだ。そんなところまで似てきてしまうほど、わたしたちは時を重ねてきたということだろうか。

「思え……ない、かも…………」

 彼もいつものわたしのように自信なさげに返して。この瞬間だけ、普段とは立場が逆転してしまっているみたいだった。

「でも、俺、そのくらいしか思いつかなくて…………」

 気を抜けば口角が上がってしまいそうなわたしとは対照的に、彼はしょんぼりと声のトーンを落として。

「あ! 待って。謝らないで! 君はなんにも悪くないの!!」

 口を『お』の形にした彼が声を発する前にテーブルを回り込み、『えいやっ!』とクッキーを突っ込んだ。

「!?」
 
 きちんと確認が取れたわけではないけれど、残像から判断するに、彼に分けてもらった茶葉を混ぜ込んだアイスボックスクッキーだったのではないかと思う。
 
「本当は『わたしきみのことも連れて行きたい』って思ってくれてるんでしょ? 籍入れるなんて他の人からしたら思い切った決断だけど、君にとっては『妥協して妥協したうえに妥協した』くらいなんじゃないの……かなぁって思った、んだけど…………」 

 勢いで言ってみたはいいものの、途中から自信がなくなってしまって、言葉尻はアイブロウコートをし忘れた日の終わりの眉尻のごとく消えていった。

 彼は突然のことに驚きながらも、いつものようにしっかり閉じた口をもぐもぐさせて、さくさく音を立てて――――。

「…………当たり前じゃん!! まぁ、実際に入籍なんてしちゃった日には、俺……。なにがなんでもきみのこと連れてっちゃうと思うけど…………」

 最後にごくんと喉仏が上下する瞬間、胸の高鳴りが最高潮に達した。

(真面目な話の途中なのに……。わたしのほうこそ、本当にごめんね)

 普段はあまり目立たないそこが主張をしているのを見ると、中性的な容貌と柔らかい物腰にカバーされて忘れてしまいそうな彼の性別を意識せずにはいられない。

「わたしはその気持ちだけでも、十分すぎるくらい嬉しいよ?」 

「ううん。きみは優しいから本気でそう思ってくれてるんだろうけど、気持ちって目に見えないじゃん。だから、ちゃんと目に見える形に変換してかえて渡してあげたいの。俺は。『絶対ひもじい思いさせたくない』みたいな後ろ向きな気持ちじゃなくて、『死ぬまでずっと贅沢させてあげたい』。これはもう決めてることなの。俺のなかで」

「贅沢なんて、わたし…………。したくないって言ったら嘘になっちゃうけど、君と一緒にいるのがいちばんしあわせなのに……」

 改めて彼の頼もしさと優しさに触れ、何度も吞み込んできた『行かないで』の言葉が、涙とともに込み上げた。
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