三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<Ⅷ>

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「うん。ありがとう」

 感謝を伝えた途端、ぱぁっと晴れ渡るような表情を見せてくれた彼になんて説明したらいい?
 
 ただ謝罪をするのも、なにか違う気がする。

「……けど、わたしはそうしたいと思ってるの。自信つけて、きみにふさわしい人間になりたい。そのためには、自分のお金は自分で稼いで、君なしひとりでもいろんなことできるようになれないと……。じゃないと、だめなの…………!」

 生活面でのサポートを期待して『ついてきてほしい』と言っている面もあるにはあると思うけれど、いちばん大きな目的はそんなことではないはずだ。

 彼のことだから、極度の寂しがりなわたしが夜に冷たいベッドでさめざめと泣くことのないようにたくさん考えてくれて――――。そうして辿り着いた最善がきっと、結婚だったというだけなのに。
 
「……ダメって、なにが? きみはダメなんかじゃないと思うけど」

 彼はわたしが卑下するたびに目に見えて不機嫌になる。ぴりぴりした空気が痛い。肌質に合わない化粧水やシートマスクを使ってしまったときみたい。
 
 卑下しているわけではないつもりだけれど、わたしはどうしても最も身近な正解例だいすきなきみと比較せずにはいられない。

「ありがとう。でも、わたしはまだまだだよ。同世代の子たちと比べても、圧倒的にできなかったり足りてなかったりすることばっかりだし。……近くにいたら、わたしは君のこと頼っちゃって、いつまでも成長できないと思うから……」

「…………そっか。わかった」

 腑に落ちない様子ではあったし、いろいろ思うところもありそうな雰囲気だけど、ひとまずクールダウンに成功したみたい。

 彼はようやく手を離してくれた。

「勝手なこと言って、本当にごめんね」

「ううん。俺のほうこそ、きみはずっと前からはっきり自分の意見伝えてくれてるのに、曲げさせようとして…………。最低だ…………」

「最低なんかじゃないよ。君は卒業したあとのことも『楽しみ』って言ってるし、それも本当の気持ちなんだと思う。……けど、おんなじくらい不安なんじゃないかなぁって……。後ろ向きなことはなるべく言わないようにしようって頑張ってるの、知ってるから」

 彼の口から出てくるのは常に前向きなことばかりだ。
 
 でも、それらすべてに確信を持てているかというと、きっとそんなことはない。たぶん、物事を少しでもいい方向に持っていけるように自分を鼓舞する意味も含まれている。

 私は彼のそういう部分を心から尊敬している。

「…………なんて、知ったふうな口聞いてごめんね」

「ううん。ちゃんとわかっててくれてありがとう。きみが知っててくれたら、それでいいんだよ。きつくてもつらくても、全部報われたって思えるから。いまので不安な気持ちもだいぶ消えたしさ」

「ありがとうなんて言ってもらえる資格ないよ……」
 
「いや、変な話だけど嬉しいよ。断られ続けてるのは悲しいけど、嬉しいだけじゃなくてほっとしてる」

 微笑む彼の眼差しは、我が子の成長を見守る父のようだった。
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