三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<Ⅴ>

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「まぁ、きみが納得して決めたことなら、それがいちばんだよね」

 ――――ほらまた、そうやって物分かりのいいことを言って。

 自分の意見を押し付けかけていたと反省して、こちらの意思を尊重しようとしてくれているだけだとわかっていても、未熟なわたしは突き放されたように感じてしまう。
 
 わたしは君のまだ見たことのない男のひとの表情かおを見せてほしいと願ってやまないのに、君はわたしをその手で乱してみたいとは思ってくれないの?

「…………でもさ。進学しないんだったら、なおさら俺についてきてくれてもいいのに……って思っちゃうのは、置いていく側の傲慢なのかな……」

 彼はもう一枚クッキーを取ったけれど、口には運ばずに眺めている。心ここにあらずといった様子だ。

 卒業後、彼はお父さんの会社を継ぐために海外へ行く予定だという。お父さんの近くで経営のノウハウを学ぶ傍ら、学校にも通わなければいけないというのだから大変だ。

(なんにも背負うもののないわたしとは大違いだなぁ……。それだけ期待されてるってことだもんね)

 彼がそのことをわたしだけにこっそり教えてくれたのは、二年生の夏休み前だっただろうか。

 しかも、そのあと『俺と一緒にこない? 彼女じゃなくて、妻として』とプロポーズまでしてくれたのだけれど、わたしはそれを断ってしまった。

 ふざけているように聞こえるかもしれないが、彼は大真面目だった。

(そのあと、人生計画まで聞かされたのはびっくりしたし、当然のようにわたしまで含まれてたのにはもっとびっくりしたけど、嬉しかったなぁ……。話自体はちょっと長くて圧倒されちゃったけど)

 もちろん彼とは離れたくないし、この先別れる予定もない。

 あいにく彼がはじめての彼氏というわけでもなければ、処女を捧げた相手も彼ではないけれど、できることなら『すべてのはじめて』を彼と一緒に経験したかった。
 
 時間を巻き戻すことができたなら、わたしは彼と出会うまで誰とも付き合わないし、彼の最後のひとでありたいし、わたしの最後のひとだって彼以外は考えられそうにない。
 
 誰になんと言われようと、わたしはそのくらい彼を愛している。

 『それなら、一回めのプロポーズを素直に受けていればよかったのではないか』と言われたら、一切反論することができない。

 しかし、『好きだから』というだけの理由で結婚を決断できるほど、わたしは純粋ではなかった。
 
「傲慢……とはちょっと違うんじゃないかなあ……。どっちかっていうと、わたしのわがままっていうか…………」

 彼も彼で、意志が強くて粘り強い性格だから、一回断られた程度でめげることはなかった。

 ……ものすごく変な話だとは思うけれど、断る前からなんとなくそうなることが予想できたからこそ、安心して断ることができたともいえるかもしれない。

 案の定というべきか、わたしはその後も彼に自分と結婚することのメリットを説かれては、軽い調子で結婚を持ち掛けられている。
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