三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

文字の大きさ
上 下
8 / 203
彼と彼女の放課後

彼と彼女の放課後<Ⅴ>

しおりを挟む

「まぁ、きみが納得して決めたことなら、それがいちばんだよね」

 ――――ほらまた、そうやって物分かりのいいことを言って。

 自分の意見を押し付けかけていたと反省して、こちらの意思を尊重しようとしてくれているだけだとわかっていても、未熟なわたしは突き放されたように感じてしまう。
 
 わたしは君のまだ見たことのない男のひとの表情かおを見せてほしいと願ってやまないのに、君はわたしをその手で乱してみたいとは思ってくれないの?

「…………でもさ。進学しないんだったら、なおさら俺についてきてくれてもいいのに……って思っちゃうのは、置いていく側の傲慢なのかな……」

 彼はもう一枚クッキーを取ったけれど、口には運ばずに眺めている。心ここにあらずといった様子だ。

 卒業後、彼はお父さんの会社を継ぐために海外へ行く予定だという。お父さんの近くで経営のノウハウを学ぶ傍ら、学校にも通わなければいけないというのだから大変だ。

(なんにも背負うもののないわたしとは大違いだなぁ……。それだけ期待されてるってことだもんね)

 彼がそのことをわたしだけにこっそり教えてくれたのは、二年生の夏休み前だっただろうか。

 しかも、そのあと『俺と一緒にこない? 彼女じゃなくて、妻として』とプロポーズまでしてくれたのだけれど、わたしはそれを断ってしまった。

 ふざけているように聞こえるかもしれないが、彼は大真面目だった。

(そのあと、人生計画まで聞かされたのはびっくりしたし、当然のようにわたしまで含まれてたのにはもっとびっくりしたけど、嬉しかったなぁ……。話自体はちょっと長くて圧倒されちゃったけど)

 もちろん彼とは離れたくないし、この先別れる予定もない。

 あいにく彼がはじめての彼氏というわけでもなければ、処女を捧げた相手も彼ではないけれど、できることなら『すべてのはじめて』を彼と一緒に経験したかった。
 
 時間を巻き戻すことができたなら、わたしは彼と出会うまで誰とも付き合わないし、彼の最後のひとでありたいし、わたしの最後のひとだって彼以外は考えられそうにない。
 
 誰になんと言われようと、わたしはそのくらい彼を愛している。

 『それなら、一回めのプロポーズを素直に受けていればよかったのではないか』と言われたら、一切反論することができない。

 しかし、『好きだから』というだけの理由で結婚を決断できるほど、わたしは純粋ではなかった。
 
「傲慢……とはちょっと違うんじゃないかなあ……。どっちかっていうと、わたしのわがままっていうか…………」

 彼も彼で、意志が強くて粘り強い性格だから、一回断られた程度でめげることはなかった。

 ……ものすごく変な話だとは思うけれど、断る前からなんとなくそうなることが予想できたからこそ、安心して断ることができたともいえるかもしれない。

 案の定というべきか、わたしはその後も彼に自分と結婚することのメリットを説かれては、軽い調子で結婚を持ち掛けられている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...