三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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放課後の約束

放課後の約束<中編>

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「きみは一方的に俺を頼ってばっかりなんかじゃないし、迷惑なんて思ったことないよ。そのつもりでお菓子も茶葉も買い込んじゃったし、むしろきてもらえないと困る……なんていったら、脅しになっちゃうか!」

 ため息に気付いたのかもしれない。彼は律儀にも否定を重ねたばかりか、からっと笑ってみせた。

 こうやってひとつひとつ不安を取り除こうとしてくれるところも好き。本当にわたしにはもったいないくらいのひと。――――だけど、誰にも渡す気なんてない。

「ふふ。そんなことないよ。でも、わたしも昨日、息抜きに焼いたクッキー持ってきちゃってて…………」

 すでに胃袋を掴むことには成功しているだろうから、早いところ関係を持って、わたしのカラダにも溺れてもらえたら好都合なんだけど、そっち方面はあいにくと自信がない。

(…………手出されないのは不安といえば不安だけど、彼のペースに助けられてるのも本当なんだよね……)

 というか、正直言って性行為にはいい思い出がなさすぎて、いくら相手が彼だとしても、実際にそういう雰囲気になったら怖気付いてしまいそうで……。

窓華まどかちゃんにも『あんたたちにはあんたたちのペースがある。でも、その前にあんたのペースと彼のペースがあるんだから、合わなくて当然だし、それでも気になるなら話し合うなりなんなりすればいいだけよ』って言われたし……。考えすぎ?)
 
 膝に乗せたお気に入りのトートを抱き締めると、袋が擦れる音と、そこに詰まったクッキー同士がぶつかる音がした。
 
 いけない。渡す前から潰してしまうところだった。

「え! そうなの?」

 大きな瞳が限界まで見開かれる。

 ただ大きいだけじゃなくてキリッとした印象の瞳は、きっとメイクのしがいがあるだろう。

 そういえば、今回のクッキーにはアーモンドも入れたんだっけ。

 香ばしさが増していいアクセントになったと思うし、ナッツ類が好きな彼にもきっと気に入ってもらえるはず。

「うん。鞄に入れる前に……っていうか、作り始めちゃう前にちゃんと確認しておけばよかったね。ごめんなさい」

 だけど、作っているうちに楽しくなって、気付いたら、いつもの比ではないくらいに重量のある生地が作業台の上を占領していたのが、昨日の午後八時のことだった。

 お菓子作りは手作業の連続とはいえ、空く時間がまったくないわけではなく、時間的にも連絡するのが躊躇われるほど非常識というわけでもなかったし、衛生面を気にするにしても、その都度手洗いを徹底すればいいだけだったのに。

「謝ることないのに! 市販のお菓子もおいしいけど、日持ちするからすぐに食べなくても大丈夫だしさ。きみの手作りのお菓子は俺の好きな紅茶にいちばん合うし、毎回楽しみなんだよ。次はいつ作ってきてくれるかな~って思ってたとこ♡」

 軽く頭を下げたけれど、明るい声の主はなにも気にしていない様子で、手厚いフォローを入れてくれた。

「ほんとう? 嬉しいな……♡♡ たくさん作っちゃったから、いつもの何倍かあるんだけど……」
 
「やった♡♡ 食べ放題だね♡」

「もしよければ、いま味見させてもらってもいいかな?♡ 五限目体育でさ、走り回ってたら、お腹空いちゃって」 

 きらきらと期待に満ちた視線は、トートバッグに注がれていた。

「いいよ! 味見なんて言わないで、いっぱい食べて?♡」

 それに応えるために、クッキーの詰まったギフトバッグを彼の前に置いた。

「ありがとう♡ 開けていい?♡♡」

「うん♡ どうぞ♡」
 
 こうしてひとつひとつ確認してくれるところも好きだし、なるべくラッピングを崩さないように、丁寧に慎重に開けようとしてくれるところも好き。
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