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HONEY BUNNY

HONEY BUNNY<XVI>

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「ずっと……」

 瞼よりも先に自由になった口を開き、試しに声を通してみた。ねぇ、この声は現実のあなたに届いている?

「……ん?」

 わたしのすぐ左側が沈んだ。蚊の鳴くような声を捕まえた彼が身体を寄せたのだろう。

「…………ふたりがいい」

 卑怯な手段だということは百も承知だが、これがいまのわたしにできる精一杯。

「寝言っぽいな。でも、それってどういう……?」

 ちゃんと答えたいのに、いざという段階になって逃げるように再び唇を結んでしまう。これでは狸寝入りも同然だ。

「聞き間違いだったのかな。まぁ深い意味はないだろうし、気にしてもしょうがないか」

 あれこれ考えているうちに、どろりとした眠気に浸食されていく。マットレスに沈み込む錯覚をおぼえたところで、今度の睡魔は一筋縄ではいかないと観念し、意識を手放した。

「とりあえず、一緒にお風呂行こうか。掴まっててもらえない分、落とさないように気を付けないとな……」 

 彼がまたなにか呟いている気がするけれど、内容までは聞き取れない。今度こそ夢を見ているのかもしれない。背中がやけにすーすーして、わたしを支えていたマットレスがどこかに消えてしまったようだったから。

「さっきも思ったけど、やっぱり軽い。俺がいないあいだ、ちゃんとご飯食べてるのかなぁ。なにかに集中して忘れたりしてないといいんだけど……」

 そういえば、わたしは数時間前にも同じ浮遊感を味わっている。果たしてこの感覚はなんだったか。ぼんやりしているうちに短いフライトが終わった。

「着いたよ」 

 と彼は短く告げたあと、唇にキスをひとつくれた。到着の合図以上の意味はなかったのだろうけれど、わたしにとってそれは、ようやくかけてもらえた目覚めるための魔法。

「…………あ、今度こそ起きたね♡」

 コマ送りのごとく段階的に瞼を開けて、まず最初に飛び込んできたのは、長い睫毛を伏せた彼。視線の先はもちろんわたし。それはいいのだが、なんて表情をしているのだろう。わざわざなにか言われなくても伝わってきてしまう。『きみが愛おしくて仕方ない』と、その眼差しが饒舌に告げている。幾度となく向けられてきたはずなのに、どうしてか照れくさくなってしまって。

「なに、してるの?」

 なんてしらばっくれてみたりして。本当は知っている、あなたがわたしの唇を攫っていったこと。

「……この状況でそんなこと訊いてくるのなんて、きっときみくらいじゃない?」

 彼がおかしそうに笑うと、その息がわたしの髪をかすかに揺らしていった。どちらか片方が身動ぎすれば触れる距離で、わたしたちはほとんどまばたきもせずに見つめ合っている。

「キス、しようとしてた?」

 弧を描く唇に視線を落とし、なおも尋ねれば、とびきり甘い声が降り注いだ。

「どうだろうね? そうかもしれないし、したあとかもしれないよ?♡」

「……どっちでもいい♡ もう一回しよ?♡」

「キスを? それとも、さっきの続き……?♡」

「どっちもしたいけど、先にキスがいい♡♡」
 
 返事も待たずに、ほんの少し唇を前に出す。お目当てのものが柔らかくわたしを出迎えて、そのままふたりで笑い合った。
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