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ホーリーナイト・セレナーデ
ホーリー・ナイト・セレナーデ<XV>
しおりを挟む「あなたはさっき『いらないことをしたかも』って言ってたけど、わたしはそんなふうには思わない。最初は戸惑うこともあったけど……全然嫌じゃなかった。あなたは『それまでの常識を覆して、平穏を奪った』んじゃないよ。『新しい価値観を提示して、選択肢を増やした』の。『完成した世界を壊した』んじゃなく、『一番外の邪魔な枠を壊して世界を広げた』って表現したほうがしっくりくるよ」
眼鏡を愛用していた人がコンタクトレンズに切り替えたときのように視界が一新される感動は、誰にとっても心地の好いものとはいえないだろう。フレームひとつないだけでも景色は違って見えるものだ。しかし、枠のない世界でフレームが恋しくなったのなら、コンタクトを外してまた眼鏡を掛ければいい。それだけのこと。
最終的に選ぶのはもたらされた側であって、もたらした側ではないのだ。もし、持ち込んだ価値観によって相手が大きな変化を遂げたとしても、それを自分のせいだと捉えるのは、かえって傲慢だ。責任感が強いとも換言できる。もっと気を楽にして、背負わなくてもいいものはいい加減手放してしまっていい。
「『壊す』って単語だけ取り上げるとちょっと怖いし、壊しちゃいけないものだってたくさんあるけど、前に進むためには壊さなきゃならないものもあるよね。あなたはそれだけを選んで壊せるひと。いまいる場所よりもっと上を目指していいんだって教えることができて、人の持つ可能性を何倍にも拡張できる、本当にすごいひと」
「えーっと……さすがに褒めすぎじゃないかな? 調子に乗っちゃいそうだよ」
困ったように笑う彼だが、その顔は誇らしげでもあった。
「いいのいいの。元が謙虚なんだから、たまには調子に乗って?」
「そうだね、きみがそう言ってくれるなら。……伝えたいことは、それで全部? 励ましてくれたんだよね。ありがとう、だいぶ気分が軽くなったよ」
「なら、ちょっとは安心かなぁ。たぶん言いたいことは言えたと思うよ。全部言えたかは自信ないけど……」
「またなにか思い出したら教えてくれればいいよ」
「うん、そうする。遅くなっちゃったし、長くなっちゃったけど、『当時の生活に満足してたか』って訊いてくれたから……。いまのはその答えのつもりだけど、なかなかうまくまとまらなくて答えるのに時間かかっちゃった」
と白状すると、彼は両目を見開いて小首を傾げた。寝そべっているとは思えないかわいさにノックアウト寸前のわたしだったが、歯を食いしばってどうにか持ち堪える。
「そうだったんだ? 無視しても、たぶん気にしなかったというか……俺、忘れてたと思うよ?」
「そうかもしれない。けど、言いたかったの。『ありがとう』って。あなたって、あんまり他人に悩み相談するのは得意じゃないでしょ? 悩みまではいかなくても、考えさせるようなことと暗い気持ちになりそうな話題を極力避けてる。それもあなたの素敵なところだけど抱え込みすぎじゃないかって思ってたし、わたしにまで遠慮してるみたいで寂しかったから……。今回、いろいろ正直に打ち明けてもらえたことで、本格的に信頼してくれてるって実感が湧いて、張り切っちゃったのかも、わたし」
「ありがとう、本当に。これからは……きみにだけは頼ることにするね」
短い宣誓だが、きちんと言質は取った。彼の両手が腰に回り、強めの力で引き寄せられるがままににじり寄る。少しでも身体を動かせば擦れ合う距離に喉を鳴らすわたしの奥から溢れてきたのは、先ほどの残りか。それとも……。
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