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ホーリーナイト・ラヴァーズ
ホーリー・ナイト・ラヴァーズ<Ⅶ>
しおりを挟む「嫌うだなんて、そんな…………」
『わかっている』ということなのだろう、彼の舌がその先を奪い去る。
「それと……きみだって、あの子たちの知らない俺をすでにたくさん知ってるんだけど、もしかしてそっちは気付いてないのかな? …………きみはすごいんだよ。他の誰も引き出せなかった俺を引き出してくれた」
「えっと。それってどういう……?」
彼はわたしの顔を両手で包むようにして、この目を、心を覗き込む。潤んだ瞳は、魚も棲みつけないほど澄んだ水面のよう。わたしはこの瞳にすべてを見透かされている気になっていたけれど、本当は違う。彼を見つめるわたしの瞳が痛切に愛を叫んでしまっているだけなのだ、きっと。
「こんなにひとを好きになるなんて、考えたこともなかった。抱いても抱いても、全然足りないんだよ……。他の誰より俺がきみのいちばん近くにいるってわかってても、もっともっと近付きたい。こんな気持ち、初めてなんだ」
「…………そうなの?」
「おかしいよね。きみと付き合って、同じ家に住んで……それから結婚までしてもさ。まだまだ安心できないんだ。この指輪以上にきみを拘束できるものなんて、この世にはないのにね?」
『なんてことを考えるんだ』と思われても仕方がないと思うが、指輪以上にふたりのあいだを結び付けることができるものを、わたしはひとつ思いついてしまった。それはわたしをあなたに繋ぎ止めると同時に、あなたをわたしに繋ぎ止める鎖にもなってくれるはずだ……と。
「ああ……きみの気持ちを疑ってるわけじゃないんだよ。さっきもね、ああは言ったけど、きみが元カレと完全に切れてるのはわかってた。全部、俺自身の気持ちの問題なんだ」
彼が黙り込んだままのわたしを怪しんでいる様子はない。話に聞き入っていると思っているのだろうか。確かにそれも間違いではないけれど。どきどきと、じわじわと、水面下でわたしは計画を進めている。
「弱くてごめん。なにを言っても言い訳にしかならないけど、『過去の男たち』なんていう挑みようのない敵にも無謀に立ち向かっていっちゃうくらい、俺はきみが好きなんだ。きみのすべてを欲しいと願ってる。……きみは昔から全部を俺に捧げてくれてるのにね」
「……かわいい」
頭を掻いて本音を曝け出した彼を見て、大事に大事に仕舞い込んでいた本音が零れ出してしまった。不意をついて、彼に馬乗りになる。形勢逆転だ。決して勝負事ではないけれど、ここからはわたしが愛を語る時間。
「…………『かわいい』って、俺が?」
彼はわたしに乗られたことではなく、発言内容に驚いているようだ。
「うん。外見もそうなんだけどね、中身が。馬鹿にしてるわけじゃないよ。わたしから見たあなたってね、とっても完璧な男の人なの。男性としてだけじゃなくて、人間として尊敬できるひと。なんでもできるのに謙虚だし、他の人のミスにも寛容で。……でも、わたしのことになると急に弱気になっちゃうでしょ? そこがすごくかわいいなぁって」
普段、思っていることをあまり表に出さないせいなのか、わたしは一旦スイッチが入ってしまうと別人のように饒舌になる。いまもそうだ。生活の主軸も考え事の中心も彼一点のわたしの脳内は、当然彼一色に染まり切っている。想いが溢れて止まらない。彼を見下ろして、この胸いっぱいの愛を叩きつける。
「それでね、そういうところがわたしと似てると思うの。わたしはあなたみたいになんでもできる器用で万能な人間じゃないけど、あなたと出会って、あなたに励まされて、昔より自分に自信が持てるようになった。……はずなんだけど、やっぱりあなたのことになると急に自信がなくなっちゃうの。あなたはいつも愛を伝えてくれるのに、わたしはあなたの過去に嫉妬してばっかりで」
「……きみが俺の過去に、嫉妬?」
「うん。正確には、『昔付き合ってた女性たち』にね」
長年苦しみ続けたこと。ともに寄り添ってきたこの感情までを詳らかにするつもりは毛頭なかった。彼には、楽しいときの自分と嬉しいときの自分を多く見せたいから。だって、好きなひとの前ではいつも『かわいい』わたしでいたいじゃない。彼は何十年後もそう言い続けてくれると信じているから、その評価が本当に似合う自分であるための努力は怠らないと誓った。
……けれど、できる限りフェアでありたい。本音で語ってくれたあなたには、わたしも本音でぶつかりたい。かわいくなくても構わない、全部見せたいの。遣り場のない不安に対抗できるのは、きっと同じように全身を蝕む不安だから、わたしはその身に巣食う病巣を根本から抉り取る。あなたもわたしも、とっくに消滅した敵の幻影に怯えずに済むように。
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