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グッド・ナイト・タイム
グッド・ナイト・タイム<Ⅰ>
しおりを挟む夜半前、静かな足音とわずかな振動を感じてから、少ししてリビングのドアが開けられた。廊下の冷気が入り込んできたけれど、その人物の姿を捉えたわたしは、ほんわりとあたたかい気持ちになる。
「おかえりなさい」
ぱたぱたと彼の近くまで行き、その顔を見上げると、ばちりと視線が合って笑みを交わした。半日ほどしか離れていなかったのに恋しくて仕方なかったあなたがそこにいる幸せを嚙み締める。『亭主は達者で留守が良い』なんて、一度も思ったことはない。
「遅いのに起きててくれたんだね。ただいま」
と言った彼は、流れるようにわたしの額にキスを落とす。微かなリップ音がかわいらしい。
「寝る前にあなたの顔見たかっただけだよ」
「そっか。俺も帰ってきてすぐ、きみに出迎えてもらえて嬉しいなぁ」
わたしにしては素直に言えたほうだと思うが、彼には遠く及ばない。彼がどんなときも偽りのない言葉をくれるおかげで不安にならずに済んでいるとわかっていながら、どうして同じようにできないのだろう。口下手だからなんて言い訳ばかりして。
「遅くまでお疲れさま」
「ふふ。さっきまで一歩も動きたくないくらい疲れてたはずだけど、一気に吹っ飛んじゃったみたいだ」
言いたいことも話したいこともありすぎるから、見かけよりもいくぶん厚みのある身体に腕を回した。言葉にするほどはぐれていってしまう愛情も伝わるように。少しずつ満たされていく心と身体。ちゃんとあなたのことも満たせてる?
「お風呂入ってこないといけないのになぁ……。まだきみと離れたくないや」
しばらくおとなしくされるがままでいた彼がしみじみと呟いた。
「…………じゃあ」
身体を離して息を吸う。『離れたくない』のは、わたしも同じだけど……いまはちょっとだけ、我慢してほしい。
「ん?」
顔を寄せ、次の言葉を待つ彼。……やっぱり、小さい子を相手にしているみたいな対応。根っからの親切? それとも、わたしは色気不足? それでも、めげずにいつもより甘い声を作って、駄目押しに上目遣い。あなたならきっと、応えてくれると信じて。
「早く出てきて、一緒にゆっくりしたい……な?」
遠回しなお誘いに、彼は大きな目をぱちくりさせた。ぼかしすぎたかと後悔していると、今度は彼のほうから包み込まれる。ぎゅうぎゅうとその胸に埋まる時間は、なんて心地好いものなんだろう。でも、なにか間違えているような……。
「あぁもう、本当にかわいくて困るよ。……よし、そうと決まれば急いで入浴タイムだ!」
おどけた調子とは裏腹に、そっと名残惜しむように解放された身体。幸福の余韻はまだ覚めないが、わたしは彼の出で立ちを見てはっとする。やはり、あの誘い文句は適切ではなかった。すぐさま訂正しなくては。
「あっ……ごめんなさいっ、やっぱりいまのなし! ゆっくり! ゆっくり入ってきていいからね!」
「どうして? 気分じゃなくなっちゃった?」
慌てているわたしを不審そうに見返す彼。そう思うのも無理はない。言葉足らずにも程があるというものだ。見るからにしょんぼりしている彼の頬に手を添える。
「ううん。今日も寒かったから、急いで出てこなくて大丈夫だよ。ちゃんとあったまってきてね?」
「そういうことなら、お言葉に甘えることにするよ。きみまで冷やしちゃうわけにはいかないもんね。そのミッション、確かに引き受けた」
途端に元気を取り戻した彼は、両手でわたしの手を握って頷く。冷えた指先を感じ、これ以上の会話を打ち切ろうとにっこり笑って告げるは、束の間の別れの言葉。
「うん。またあとでね」
バスルームへ向かう彼を見送る。なにをして待っていようかなぁ、と思いを巡らせながら。
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