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鶯音を入る
第三十三夜
しおりを挟む「え……」
「大丈夫。使ってない」
「衛生面の心配をしてる訳じゃなくてですね……!」
驚いて固まっていると、紅さんがズレた補足をしたものだから、冷静に訂正を入れた。
「ふふ。なんか、翠のその感じ、出逢った頃みたい」
何だかこの感じも久々だなと噛み締めていたのは私だけではなかったらしい。
彼女は引き出しを開けたまま、私の所に戻ってきた。
「それを言うなら、紅さんの振り回してくる感じもですよ」
「…………アタシ達、きっと全然変わってないね」
「それは……良い意味でですか? 悪い意味でですか?」
「良い意味だったら良いなって思う。けど、悪い意味でも、多分……変わってないんじゃないかな、って思う」
彼女は少し隙間を空けて座った。
私が彼女の立場でも、密着して座ったりはしなかったと思う。
恋人だからくっつくべきだとは思わないが、私達の間に空いた微妙なスペースは、双方の距離感や相手への遠慮に等しいものなのではないだろうか。
私達は互いに隠しているつもりなどなくても、最後の最後まで、奥の奥まで、裏の裏までさらけ出す事が出来ていないのだ。
――――そう、なのだとしても。
「…………。紅さんは、『何かを始めるのに、遅過ぎるという事はない』って言葉、聞いた事ないですか?」
少し考えて、慎重に口を開いた。
「うんざりする位、聞いた事ある」
「そうですか。でも、ごめんなさい。私も割とそう思う側です。最初から正解を選べる人は凄いです。順当に距離を縮めていける事も。……だけど、そういう人ばっかりじゃないですよね。私は性格キツいし、紅さんは自由人過ぎて、人付き合いには向かない方です。しかも、なまじ自覚がある分、好きな人の前でだけ遠慮しちゃって、ギクシャクしちゃって……」
彼女は時折頷きながら、私の話に耳を傾けている。
「だから、今からでも良いんじゃないですか。むしろ、私達にしては異例のスピードだと思って良い位じゃないですか? だって、まだ出会ってせいぜい数ヶ月ですよ、私達」
「ん。そうかも」
「……でも、何の区切りもなく『もっと親密になりましょう!』って言うのも無理あるんじゃないかなと思って。手始めに、ピアスの穴を開ける所から始められないかなと思ったんですけど、どうですか?」
ピアッサーを握る彼女の手の上に、私の手を重ねた。
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