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鶯音を入る

第五夜

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 しかし、待てど暮らせど、続きが語られる気配はない。

 それが事の重大さを示すバロメーターなのであろう事は察していたが、掴みかけた真相を前に大人しくしていられる性分ではなかった。
 
「あの……自分から話しにくいんだったら、私の質問に答えてもらう感じにしますか? キツくならないように頑張りますけど、尋問みたいで逆にやりにくいですかね……?」

 煮え滾っていた怒りがスーッと引いていったのは、今まで我慢してきた事を吐き出せたからなのだろうか。 

「どこから話して良いかとか、翠が何を訊きたいかとか、全然わかんない。……から、それでお願い。上手く答えられる自信ない。けど、なるべく……ちゃんと答える、から」

 引いてしまう程の豹変ぶりだったと思うが、彼女はいつもの私が戻って来た事に安心したようで、久しぶりに否定でも相槌でも鸚鵡返しでもない彼女自身の言葉を聞けた。

「わかりました。じゃあ、早速。『噛んだ訳ではない』っていうのは、『傷は最初からあった訳じゃなくて、紅さんが付けたもの』って事で合ってますか?」

「……ん。そう。ごめん」

 またも謝罪を連ねる彼女を疑問に思いつつ、次の質問をするために口を開いたが、まだ続きがあったようだ。

「噛んでない。けど、引っ掻いた」 

「引っ掻いた? 爪で……って事で合ってますよね」 

 童話に登場する悪い魔女のような長く尖った爪を指して、問い掛けた。

「そういう事。ごめん。……まだ痛む?」

「全然痛くないです。怪我の後の感覚が全くありません」 
 
「良かった」

 彼女は真夏の陽射しにも負けない眩しい笑顔になった。

 今日、目覚めてから初めて見た気がする。……という事は、実質日の出のようなものかもしれない。
 
「……ふ、ふふ……! 自分で傷付けたくせに、変なの」

 こんな訳のわからない事を考えてしまうなんて、私の生活はいつから紅さん中心にすべてが回るようになっていたんだろう。

 ――――この人を失いたくない。

 ――――紅さんがどんな事情を抱えていても、もう貴女のいない毎日に戻ろうなんて思えない。

「ホントだね」

 私につられて笑った声は乾いていた。
 
 彼女はまだ塞ぎ込んでいるらしい。顔を取り繕えても声までは作れないなんて、きっと正直すぎて生きづらい事この上ないだろう。
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