モヒート・モスキート・モヒート

夕顔別当

第三十八夜

「ありがと。翠、優しいね」
　
　努力とストレートに言ってしまっても良かったが、思いの外芸術的だったその行為に対する称賛を贈りたかった。

　というか、ただそれだけの事に激甘な評価をする彼女の方が――――。
　
「こんな面倒な願い事、わざわざ叶えてくれる紅さんの方がずっと優しいですって」

　と、どうにか素直に伝えると。

「次は、翠が叶える番。一緒にお風呂、行こ？」　

　背後の彼女が囁いた。

　女の私でもクラッと来てしまう程のコケティッシュさは、プロポーションに由来するものでもなければ声由来でもない気がした。

　そのどちらもが私好みである事もまた事実ではあるのだが。

「う……っ！　そうでした。というか、紅さんも忘れてると思ってたのに……！」

　全裸をまじまじと見られた後とあっては、入浴の方が心理的ハードルも低くなっていてもおかしくはないと思うが、全然そんな事はなかった。

　何せ、紅さんが言ってくるまで私達がまだ一緒に入浴した事がない事にも気付いてもいなかった位だ。

　散々、悶々としておいて変な話かもしれないが、そういう発想自体がきっとなかったのではないかと思う。

「ある訳ないのに」　

「もう一回だけ確認しますけど、気が変わった……とかは？」

「それも、ある訳ない」

　この期に及んで問答を引き延ばしていると、彼女は唇をツンと尖らせ、ややあってから、『ぴえん』の顔文字を彷彿とさせる表情で手を合わせた。
　
「触ったりしない約束、覚えてるし、守るから。……ね？」

「そこは疑ってませんよ。全然。本当に。単純に恥ずかしいんです。理由は自分でもわかってなくて、説明出来ないんですけど……！」

　考えてみれば、彼女はまだ入浴前ではないか。
　
　湿度の高い気候の国の夏の、記録的を通り越して歴史的な猛暑だ。

　一刻も早く汗を流したい気持ちも作用しているのだろう。

　――――汚れ具合は、私の圧勝とはいえ。