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夕顔別当
第三十四夜
しおりを挟む「名前が大事かどうか、ですか?」
今のワンテンポどころかスリーテンポ程遅れた問い掛けは、『これからの行為が全身リップに該当するか否か』に対する回答でもあるのだろう。
その話題はスルーされたものだと思っていたが、長過ぎるシンキングタイムも彼女が私の質問に真剣に向き合ってくれている証拠だと思えば、決して瑕疵などではない。
「…………それは……物によりますかね?」
毒々しい唇を見つめて答えた。
その色が林檎のように見えたのは初めてだが、それはいくらなんでも降って湧いた白雪姫の女王のイメージに引っ張られ過ぎかもしれない。
しかし、彼女の魅惑的な唇から熟れた果実を連想したのはこれが初めてではなかったし、彼女の名前がまさに彼女自身を表しているという評価も覆りようがないものだ。
「ん。そうかも。でも、アタシ、今からちょっと忙しくなる。返事は、そんなに期待しないで」
『忙しい』とも『期待するな』とも断言しない所に素朴な優しさが垣間見えて、この先どんなにバッチリ化粧をしている彼女を見ても、ただ遠くから眺めているだけだった頃と同じ印象は二度と抱かないだろうと思った。
「ふふ。……はい。もし話し掛けたくなっても、なるべく質問にならないように、勝手に話す事にします」
「ん。一番最初は、やっぱココかな」
『御機嫌な彼女が準備の出来ていない唇目掛けて突進してきた』……と言うと語弊があるかもしれない。
ぼーっとしていたから、目にも止まらぬ速さで迫って来たように見えたなんて可能性もある。
構え(キスに構えも何もないかもしれないが)ようと思った時には、唇は奪われた後だった。
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