モヒート・モスキート・モヒート

夕顔別当

第二十九夜

　女王様らしからぬ恭しい振る舞いにときめいたのは確かだったが、どちらかと言えば、手の甲へのキスは――――私の方が彼女にすべき事だったのではないだろうか。

「『私・も・紅・さ・ん・も・満・足・出・来・る・か・も・し・れ・な・い・事・』？」

「そ。どう？」

　鸚鵡返しすると、彼女は笑みを深めた。

　私は女王の鏡ではないから、この先一生、貴女以外の女性ヒトを世界一美しいと感じる事は出来ないだろう。

「念の為、どういうプ・レ・イ・か訊いても良いですか？」
　
「聞く前から決め付けてる。エッチな事じゃ、ないかもしれないのに」

　及び腰な私に、彼女は不満気な声を出した。

　私は忠実な狩人の役もこなせないのかと落胆しかけたが、元より狩人は女王の命に背いていた。

「違うんですか？　そ・れ・は・大・変・申・し・訳・な・い・事・を・…………」

　あえて慇懃無礼な口調で謝罪すると。
　
「ううん。合ってる。翠は……今・ま・で・で・一・番・、濡・れ・ち・ゃ・う・か・も・……」

　美しい女王陛下は、臣下の顎を持ち上げた。

「！」

　私のTシャツに色を移した筈なのに、唇は食べ頃の林檎のように毒々しく目に飛び込んでくる。
　
「『今まで』って……『これまでの人生で』ですか？」

「まさか。『アタシと過ごした夜』とだけ比べて。今、翠が好きなのはアタシだけ。他のオトコなんて、忘れて」
　
　近付くだけ近付いて触れてはこない唇を見つめながら、生唾を呑んだ。