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夕顔別当
第二十五夜
しおりを挟む迎えに行こうか迷っていると、寝室のドアが開いた。
「……翠。ここにいたんだ。ただいま」
探してくれたのだろう。
トイレのドアをノックする音や、リビングの方まで行った足音が先程まで聞こえていたから、わかる。
「おかえりなさい。紅さん」
「もう夕飯食べちゃった?」
「まだですよ。準備は…………半分位ですかね、済んでます」
――――そう。
夕食の準備を完了させた気でいた私は余裕ぶっこいて自堕落に彼女の帰りを待っていた訳だが、全ての工程を終えた訳ではなかった事を思い出し、急いで跳ね起きた。
「半分?」
相当面白い絵面だったのではと思うが、彼女は特に笑ったりはせずに聞き返してきた。
「はい。今日は楽しちゃおうと思って、お素麺にしたんです。だから、まだトッピングしかやってなくて……。ダラダラしちゃっててすみません! すぐ麺茹でるんで、紅さんはリビングで涼んでてください!」
麺を茹でる以外にもすべき事はある。薬味を出して、麺つゆを希釈して、それから――――。
性欲全開になっていたのが信じられない位の進捗だ。
半分も終わっていなかった気がして来て、先に入浴を勧めるべきだったと後悔していると。
「もう用意しちゃってたんだ……。ごめん。あと、別に手抜きじゃないと思う。素麺。食べる時は冷たいけど、最初から冷えてた訳じゃないし。暑い中、麺茹でるの、普通に嫌だもん。アタシなら」
彼女は何故かしょぼんとして、その後、怒涛の励ましをしてくれた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、色々救われますね……」
自炊経験のなかった元カレとは雲泥の差だ。
「そ?」
ピアスを揺らした彼女は相変わらずの女神様っぷりだ。
人の家に入り浸っておいて、(私が)好きだから夏の間は毎日のように作っていた素麺に『手抜きだ』とケチを付けていたあの糞野郎の記憶が、奴への憤怒が蘇る。
顔とカラダの相性が良いからというだけで付き合っていた私にも問題はあるし、今の私には『暑い中、麺茹でるの嫌』と言っておきながら、私がリクエストすると嫌な顔一つせず美味しい麵料理を作ってくれる爆美女の恋人(※危うく純で恋な歌になる所だったので、日本語に変換したり丁寧な言葉にしてみたりした)がいる。
脳内で抜いた物騒な打刀を納刀し、意識を現実に戻した。
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