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夕顔別当
第一夜
しおりを挟む真っ赤な口紅と言えば――――。
私には彼女の他にもう一人、思い当たる人物がいた。
「口紅で思い出したんですけど……紅さんは『マダム・ルージュ』って聞いた事ないですか?」
記憶から消えかけては何かの拍子に思い出す謎の歌手について、調べたのはあの一度きりだったが、かと言って完全にどうでも良くなっていた訳ではなかった。
「聞いた事はないけど」
「ですよね。突然、すみません」
世界規模で大バズりしている楽曲さえ把握しているか怪しい彼女に何を訊いているんだと我に返り、即座に謝罪した直後。
「それ、アタシ」
続く言葉があった事だけでなく、その内容に驚愕する事になろうとは思ってもみなかった。
……が、よくよく思い返してみれば、先程の返答には違和感があった。
もし会話を続ける意思が彼女になければ、『聞いた事ない』、もしくは『聞いた事ないけど』としていたのではないだろうか。
「マダム・ルージュが……紅さん?」
可能性の一つとして考えてはいたから、自分から出てきた声に疑念が浮かび上がっていたのは意外だった。
「そ。もっと凝った名前のが良かったかな」
他の人であれば勿体つけていただろう。
しかし、彼女はそれこそ歌うように軽やかに肯定してみせた。
おまけに芸名に対する意見まで求めてくるとは、と何一つ態度の変わらない彼女に安心し、素人考えではあるが私見を述べようと口を開く。
「凝った名前……がどういうのかよくわからないんですけど……というか、凝ってるつもりないかもしれませんけど、オシャレで良い名前だと思います。『マダム・ルージュ』。なんとなく耳に残りますしね」
「ありがと。アタシも気に入ってる」
彼女は肩を揺らして笑い、全身で喜びを表現した。
『マダム・ルージュ』の噂を耳にした時もネットで検索した時もそのファビュラスな歌手名を紅さんと重ねてしまった自分を不思議に思う程度には、私は彼女を『可愛い人』として認識し始めていた。
「本名バレしたくないとしたら、凝るというより捻った方が……『紅子』を全く連想させない名前にした方が良かったと思いますけど、紅さんはそういうの気にしてなさそうですね?」
と振ってみたが、反応は返ってこない。
「……っていうのも偏見でしたね。すみません」
「ううん。ホントに気にしないし、アタシの名前、ちゃんと覚えててくれたんだね」
彼女の頬がほんのり染まる。
記憶が確かなら、彼女はチークを『野暮ったい』と言って省いていた筈だ。
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