モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌

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金糸梅

第十七夜

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「アタシ、翠が使ったのでも良かったのに」

 なんてぼやくから、危うくリップブラシを取り落としてしまう所だった。

「……せっかく綺麗に塗れたのに、そんな事言うんですか」

「翠も、たまには真っ赤なリップにれば良い…………」

 憎まれ口で応戦しても、彼女はどこ吹く風で受け流したばかりか、ノーメイクの私を自分の色に染めようとしてきた。

「……塗ったばっかなのに、落ちちゃいますよ……」

 化粧水しか付けていない状態の唇に口紅を塗るなど言語道断だが、それについて咎める気にはならず、強引に奪われた唇からは、彼女の唇の完成度を落とす事を気にする言葉が出た。
 
「ブラシ使うと、落ちにくい。……でしょ?」

 リップブラシを流し見ただけの視線すら匂い立つように艶やかで、視線の先の手が汗ばんでくる。
 
「『普通に塗るよりは』ですし、使じゃないですか。こんな事するの、少女漫画のイケメンだけかと思ってました」

 高価な口紅を受け取らせる口実として、『キスで返してくれれば良い』と返すという、現代では廃れてしまったかもしれない定番のシチュエーションが浮かんだが――――。

「そういうオトコ、好き?」

 たった今、自らの唇を道具にしてつかって私の唇に色を付けたのは、虚構の物語の人物でもなければ男性でもない、私の見ていた世界に全く違う色を与えてくれた、絶世の美女だ。

 今現在、私が恋をしている相手だって、いつも自信に満ち溢れた真っ直ぐな視線を少し不安そうに彷徨わせて尋ねてきた、絶世の美女だ。

「……さあ、どうでしょうね」
 
 フィンガーブラシで輪郭をぼかすように曖昧に微笑んだが、彼女の色気には遠く及ばないだろう。
 
「まあ、そんな事は置いといて……。このリップブラシ、こないだまとめ買いしたんで、今使ったのは紅さんにあげちゃいますね」

「いいの? ありがと」

 体温が移ったリップブラシを渡された彼女が礼を述べる。
 
 秋めいている筈の口紅は、笑顔のせいか眩しく鮮烈な印象だった。
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