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金糸梅

第十夜

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「どんな教え?」

 彼女は私のいる方とは逆の方向に首を傾げた。

「『したいだけで立派な理由になる』、『そのしたい事が誰かを巻き込む事なら、行動を起こす前にその人の気持ちを確かめてみれば良い』……。私にこの事を教えてくれたのは紅さんでしょう?」
 
 良い具合に空いた剥き出しの肩に頭を乗せると、嗅ぎ慣れてきたココナッツの甘い香りが少しだけ強くなる。

「そうだった」

「過去は振り返らないタイプなんですもんね。羨ましい……」

 大袈裟にため息をついてみる。
 
 嫌味に聞こえないようにという地味な努力は伝わっただろうか。

「うん。でも、翠が言ってくれた事は、全部忘れないようにしなきゃ。覚えてたいし、振り返りたいから」

「私も覚えててほしいですし、覚えてようと思います。一回一回の『可愛い』のバリエーション」

「ありがと」

「そこは『記憶力良すぎ』って言う所ですよ」

「思った。けど、先に嬉しいって言いたくて」

 彼女の頭が私の頭にぶつかった。

「そうでしたか」
 
 身体の揺れで彼女が笑っているのがわかった。
 
「……あ、もう一つ言わせてください。さっきは言い忘れてたんですけど、これが一番大事だと思うんで。私達が結婚出来ないのは紅さんのせいじゃないですからね! 現行の法律の……というか、頭の固いお歴々のせいです。紅さんが責任感じる事じゃないんで、落ち込まないでください」

「ん。そうだね。翠もアタシも、悪くない」

 頭を戻し、真剣な顔で頷いた彼女にホッとする。

「生物学的に男女の組み合わせだったら友情でも偽装でも簡単に結婚出来るのに、おかしな話だと思いません? ……というか、同棲とかですら審査が大分甘くなるんでしたっけ。本当に不公平過ぎ。もし最初から一緒に暮らす計画立ててたら、実現までにどれくらい掛かってたか。私のエアコンが届くよりずっと後になってたんじゃないですかね」

 皮肉って言うと、彼女はハッと目を見開いた。

「ずっと一緒な気がしてたけど、エアコン来たら、翠、自分ち帰るんだったね」 
 
 『帰る』という言葉に強い拒否感を抱いた自分に唖然とする。
 
 心臓の音で落ち着けるほど好きだった元彼の家から帰る時も後ろ髪を引かれる思いだったが、ここまで明確に『帰りたくない』とまでは思っていなかったのではないか。

 エメラルドグリーンの猫付きの鍵を返却する日なんて、いつまでも来なければ良いのに。

 ――――エアコンなんて、一生届かなくて良いのに。
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