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逃水
第十五夜
しおりを挟む「紅さん……」
すぅっと息を吸い込む。
「そこは『一緒に行きたい』だけで良くなかったですか?」
「ダメ?」
小首を傾げた反動で揺れたピアスが、催眠術の道具のように甘く囁きかけてきた気がした。
『つべこべ言わずにOKしてしまえ』と。
「ダメ……とかじゃないですけど。私の言いたい事、本当にわかりませんか?」
彼女に顔をぐっと近付ける。
身長は私の方が少し高いのに、座高が同じくらいだ。
『脚が長くて良いなあ』と思うより先に『座ってキスしやすいな』なんて邪念が過り、見咎められない程度に小さく首を振った。
「うん」
自信家もここまでくると才能と言って良いかもしれないが、彼女も否定してはこなかった。
つまり、私を朝食に誘った最たる理由は『一緒にいたい』からで間違いなさそうだ。
己の欲望に恐ろしく忠実な彼女の事だ、空腹感をおぼえているのも事実ではあろうが。
「貴女が教えてくれたんじゃないですか。『したいってだけで立派な理由になる』って」
それなのに、今度は貴女が面倒な理由を付けて私を誘うのか。
「そういえば、言ったかも」
「『そういえば言ったかも』……? もしかしてなんですけど、紅さんって『過去はあまり振り返らないタイプ』だったりします?」
沸騰寸前の怒りが間延びした彼女の声で冷えていく。
「うん。変えられない事、いつまでも気にしててもね」
「それは確かに」
頓着しないからと言って直近の言動を忘れるのは如何なものかと思ったが、過ぎ去った事をうじうじ考えがちな私には、その考え方がとても羨ましかった。
「翠、ゴハン行こうよ。アタシも話聞きたい」
『まだ一緒にいたい』は引き出せなかったが、そう思ってくれただけで今は十分だ。
「最初からそう言ってくださいよ」
という憎まれ口に、彼女はくすっと上品に微笑んだ。
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