上 下
23 / 171
逃水

第十三夜

しおりを挟む

「どうしてですか?」

 抑揚がないと揶揄されがちな声には、心底わからないという感情が表れていた。

「翠、すぐ寝ちゃったから」

 彼女は不満げに唇を尖らせた。

 昨日よりも毒気はないが、その唇はやはり紅く彩られている。

 無理のある理由を捻り出さなくても、『したい』と一言言ってさえいれば、私の血色の悪い唇も彼女の色に染まっていただろうに。
  
「……だから、何もしないでいてくれたんですか?」
 
「うん。勝手にする訳にいかないし。で寝れたらと思ってたのはホント。でも、寂しくなかったから、十分」

 キスは挨拶だが、それ以上は流石に彼女にとっても挨拶の範囲を超えているという事なのか。

「私が起きてたら……」

「起きてても、酔ってる時に聞くのはフェアじゃない」

 今、私と話しているのは、出会った直後にエロ親父のような発言をかました人と同一人物なのかと二度見したが、この世に二人といない美貌は健在だった。

「……起きてても同じ結果だった、って事ですね」

「そ。一緒に寝てくれて、ありがと。信じて着いてきてくれたのも、嬉しかった」

 彼女の視線の先には、二本の空き缶。

「……そんな風に言ってくれるんですね。私、紅さんの言う意味ではないのに」

 寄り添っていると思っていた二本の間には、わずかな隙間があった。

 近くとなりにいるのに、触れ合っていない私達みたいだ。

「楽しかったから。翠はそうじゃなかった?」

「楽しかったに決まってるじゃないですか。なんで寝落ちなんかしちゃったんだろうって後悔してます」

 こちらを向いた彼女の耳には大きなピアスが揺れていて、寂しげだった穴を確実に塞いでいる。

 それでも、私の心の穴は広がって、広がって。寂しさに耐えかねて、今にも千切れる寸前だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...