モヒート・モスキート・モヒート

逃水

第四夜

「はい、ベストタイミングでした。涼しい場所で寝れると思ってなかったし、顔には出てないかもなんですけど、めちゃめちゃ感謝してるんです。……あ。最近電気代高いし、宿泊料払った方が良いですかね、やっぱり」

　滞在時間は長くても明日の朝までだろうから、金銭面での負担は大したものでもないかもしれない。
　
　しかし、もう二度とこんな夜は訪れないだろうから、一方的に借りを作ったままでいるのはどうにも据わりが悪かった。

「そんなの良いよ。コンビニで色々買ってくれたし」

　鷹揚に言った彼女が、次の瞬間、真顔になって付け足した言葉は、私たちの間に流れていた緩い空気を一変させる事になる。

「……ていうか。一緒に居てくれるだけで嬉しいって言ってる……」

　彼女が立体感のある小顔を近付けてきた。

　もう一度キスされるかもしれないと全身に余計な力が入ったが、毒々しく実った唇はどこにも触れてはこない。
　
「そ、そうでしたっけ。でも、他の人はこんな強引に誘わないほうが良いと思いますけど……。紅さんみたいな綺麗で勝気な感じの美人だったら逆にアリなんですかね？」

　代わりに至近距離で射抜くような視線に晒され、ぎこちなく答える。
　
　こんな事なら、化粧崩れ対策をもっと念入りにしてから家を出るべきだった。

「…………強引に誘ったのなんて、翠が初めてだけど」

　少々むっとした様子の彼女に、片手で顎を掴まれた。

「そうですか？　確かにどの人もチョロそうでしたけど。とにかく快適な宿の提供、ありがとうございます。一宿の恩は返しますけど、お礼に性的なサービスを……とかは考えてませんからね。女同士とか未経験だし」

　尖った爪が頬を刺す痛みに遅れて気付く。
　
　痛いと感じたのは、本当に頬だけだっただろうか。