3 / 171
短夜
第二夜
しおりを挟む金曜だったか土曜だったか。
夏至の頃、自宅のエアコンが不調になり、私は仕方なく涼を取れる場所を求めて行きつけのバーに来ていた。
恋人はいるが、お気に入りの場所なんて教えて別れた後に出会したら気まずいから、ここに連れてきたことはない。
ここは私だけの行きつけだ。いつかは別れる恋人になど、教えてやる義理はない。
いつものようにカーディナルを舌で転がしていたとき、左手に人の気配を感じた。
「ねえ、隣いい?」
その直後に女性の声。足音は一人分。誰かと連れ立っているようでもなさそうだ。
「どうぞ」
首を向ける程度の動作も億劫がって、カウンターの奥を眺めたまま機械的に応答すると、スパイシーな香水の香りが鼻を擽った。
「ありがとう。アタシね、アナタのことこの店でよく見かけてて気になってたの」
一瞬遅れて、聞き覚えのある声に思わず吹き出しそうになる。
しっとりしていて低い、いかにも『オトナの女性』といった落ち着きのある声は、数ヶ月前からこの店で見かけていた妖艶な女性のものだったから。
「……わ、私もです。綺麗な人がいるなあって……!」
第一声からどもってしまう。ああ、なんて格好悪い。
体ごと隣の席を向き、信じられない気持ちでまじまじと彼女を見つめる。
一生言葉を交わす事もないと諦めていた憧れの同性(恐らくは、だが)が触れれば届く距離にいて、向こうも私の事を認知していたなんて、今まで持ち掛けられたどんな儲け話よりも嘘臭い。
「本当? あ、エル・ディアブロで」
視線が外されたほんの一瞬、高く通った鼻筋に目を奪われた。さながら何百年衰えぬ魔女のような美貌だ。
「本当ですよ。夢みたい」
「夢? 芸能人でもないのに。大袈裟じゃない?」
彼女が首を傾げると、目の細かいチェーンが照明を反射した。私には縁のないラグジュアリーな装飾だ。
住む世界が違う人だという事をまざまざと見せつけられているようで胸が痛んだから、早々に視線を長い睫毛の位置まで戻す。
「芸能人とか一般人とか関係ないです。憧れみたいな……。気持ち悪かったらすみません」
『最近では店のドアを開けて一番に確認してしまうのは、混み具合ではなく、貴女の後ろ姿だった』。
――――なんて打ち明けたら、どんな顔を見せてくれるだろう。
実行に移すほど蛮勇ではないのが残念だが、口説くにしても、もう少しセンスの良い文句を選びたいところだ。
「全然。お世辞でも嬉しい」
彼女が目を細めると、優美な印象がより強まった。これなら駄々洩れる色気に吸い寄せられたとしても、下手な男は手出し出来ないだろう。
高嶺の花という形容は、きっと彼女のような女性のためにある。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる