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サイカイ
サイカイ【10】
しおりを挟む「どうしたの? 自分のこと話すの嫌だった? それとも車酔いしちゃったかな……ごめんね」
相槌も打てないままでいた私を現実に連れ戻したのは、気遣わしげなハルトさんの声だった。運転中にもかかわらず、私を気にかけてくれていたのか。
「いえ、こちらこそすみません。どっちも全然大丈夫です! ちょっと考え事をしてました」
「そう? ならよかった。なんだか泣きそうな顔してたから」
どこまでもこちらを気遣う優しいひとに、これ以上の心配はかけまいと、なるべく明るい笑顔と声色を作り出す。
「あはは、バレちゃいました? ……恋しく、なっちゃって」
「それは……いや、聞くまでもないか。なにか俺に出来ることがあればいいんだけど」
「お兄さんに出来ること? そんなの沢山ありますよ。こうして話してるだけでも落ち着くし。でも、彼の不在をここまではっきり思い知らされたのも、元はと言えばあなたのせいで……。ああ、ごめんなさい。こんなのただの八つ当たり……」
私に与えることばかり考える彼に苛立ちが隠せず、早口で捲し立ててしまう。
どこかの誰かさんもそうだった。ここまで似ていてなお、彼らが別人であると思い込もうとすることに私は限界を感じ始めていた。
「いや、いいんだ。俺のほうこそ、ごめんね」
「はい。じゃあ、これでおあいこってことで。もう謝っちゃダメですよ? 私もそうするので。せっかくのデートですから、楽しまないとでしょう?」
謝罪合戦になりそうな流れを変えようと慌てて提案する。後半部分は自分に言い聞かせるようにして、どうにか気持ちを切り替えたときだった。
「……あのさ。信じてもらえないだろうけど、もう一度言うね。俺は君の彼氏だ。初対面のそっくりさんなんかじゃない。さっきは別人みたいに言っちゃったけど」
彼は意を決したようにそう切り出した。今ばかりは、走行音の静かなこの車が恨めしい。
「私だって、出来ることなら信じたいです。そうであってほしいし、十中八九そうなんだろうと思ってます。あなたは私の最愛の恋人なんでしょう、きっと。でも、何の根拠も示さないまま信じてほしいだなんて、無理があります。なにか、あなたが彼本人だと証明できるようなものはないんですか?」
「証明……証明か、そうだな……」
彼は思案を巡らせている様子で、リズム良くハンドルの縁を人差し指で叩いている。
「まだ話すつもりはなかったけど、いい機会だ。君に言っておきたいことがあってね」
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