17 / 29
カイテイ
カイテイ【1】
しおりを挟む
彼の自宅に着いたあと、順番に入浴を済ませた私たちは、ひとつの扉の前に立っていた。
「今から、最後の寄り道をしよう。ここが何の部屋か、覚えてる?」
彼はこちらへ向き直って問い掛けた。身長差のせいで、自然と彼が私を見下ろす形になる。
吸い寄せられるように上を向いて表情を窺えば、少し首を傾けた彼の蕩けそうに甘い視線が注がれていた。
この角度から見上げる彼は殊の外美しく、ため息が出そうになる。
「もちろん。寝室ですよね」
「そう。ここで、君と俺……ふたりの悲願を達成しよう」
扉を開けると、そこに広がっていたのは、記憶にあるお手本のような寝室ではなかった。
青い照明が海中を彷彿とさせ、非現実的な空間を演出している。
「理想とも予想ともかけ離れてるかもしれないけど」
前置きとともに視界に飛び込んできたのは、ベッドの上にかかった見覚えのない天蓋だった。
「わあ……メロンの網目みたいで素敵」
褒めているとは到底思えないセンスかもしれないが、緻密な刺繍のように美しいメロンの網目が私は大好きだった。
「メロンの網目か! いいねえ。言われてみれば確かにそんな感じかも。一応、俺がイメージしたのは、カイロウドウケツだよ」
「偕老同穴……」
それは、我儘で贅沢な私の願望を過不足なく表した四字熟語。
「口頭だとわかりにくいか。海の生き物のほうね」
「ああ、そっちのカイロウドウケツでしたか」
その言葉を受け、一気に記憶の扉が開く。そういえば、彼に願望を話したきっかけも水族館の展示だった。
カイロウドウケツとドウケツエビの水槽前に設置されたパネルには、主に後者の生態について表記されていた。
嚙み砕いた表現のそれが、あまりに真っ直ぐ心に届いてきて……触発された私は、衝動のまま、彼に長年の夢を打ち明けてしまった、というのが事の顛末だ。
先ほどまですっかり忘れていたのが嘘のように鮮明に蘇った懐かしい思い出を反芻する。いま思うと、中途半端に遠まわしなプロポーズのようで気恥ずかしい。
「そう。初めは、大きめの棺桶にふたりで寝そべるのもいいかと思ったんだけど、意外性に欠けるかなって。それに、このほうが華やかで君に似合うと思うし。どっちにしろ、疑似的なお墓になっちゃうけどね。普通にお墓買っといたほうがよかったかな? 今からでも手配しようか?」
言うや否や、ポケットから携帯電話を取り出した彼を慌てて止める。本日の業務はとうに終了しているはずだ。このひとは宣言してから実行に移すまでの間が極端に短い。有言実行にも限度というものがある。
「いいえ。きっと私からは、一生掛かってもこんな発想は出てこなかったでしょうから。本当にありがとうございます」
「どういたしまして。でも、見てるだけで満足? この中……入りたくない?」
誘うように天蓋を持ち上げ、左の口端を吊り上げて笑うさまが色っぽい。返事の代わりに歩み寄れば、彼は嬉しそうに笑みを深めた。
「今から、最後の寄り道をしよう。ここが何の部屋か、覚えてる?」
彼はこちらへ向き直って問い掛けた。身長差のせいで、自然と彼が私を見下ろす形になる。
吸い寄せられるように上を向いて表情を窺えば、少し首を傾けた彼の蕩けそうに甘い視線が注がれていた。
この角度から見上げる彼は殊の外美しく、ため息が出そうになる。
「もちろん。寝室ですよね」
「そう。ここで、君と俺……ふたりの悲願を達成しよう」
扉を開けると、そこに広がっていたのは、記憶にあるお手本のような寝室ではなかった。
青い照明が海中を彷彿とさせ、非現実的な空間を演出している。
「理想とも予想ともかけ離れてるかもしれないけど」
前置きとともに視界に飛び込んできたのは、ベッドの上にかかった見覚えのない天蓋だった。
「わあ……メロンの網目みたいで素敵」
褒めているとは到底思えないセンスかもしれないが、緻密な刺繍のように美しいメロンの網目が私は大好きだった。
「メロンの網目か! いいねえ。言われてみれば確かにそんな感じかも。一応、俺がイメージしたのは、カイロウドウケツだよ」
「偕老同穴……」
それは、我儘で贅沢な私の願望を過不足なく表した四字熟語。
「口頭だとわかりにくいか。海の生き物のほうね」
「ああ、そっちのカイロウドウケツでしたか」
その言葉を受け、一気に記憶の扉が開く。そういえば、彼に願望を話したきっかけも水族館の展示だった。
カイロウドウケツとドウケツエビの水槽前に設置されたパネルには、主に後者の生態について表記されていた。
嚙み砕いた表現のそれが、あまりに真っ直ぐ心に届いてきて……触発された私は、衝動のまま、彼に長年の夢を打ち明けてしまった、というのが事の顛末だ。
先ほどまですっかり忘れていたのが嘘のように鮮明に蘇った懐かしい思い出を反芻する。いま思うと、中途半端に遠まわしなプロポーズのようで気恥ずかしい。
「そう。初めは、大きめの棺桶にふたりで寝そべるのもいいかと思ったんだけど、意外性に欠けるかなって。それに、このほうが華やかで君に似合うと思うし。どっちにしろ、疑似的なお墓になっちゃうけどね。普通にお墓買っといたほうがよかったかな? 今からでも手配しようか?」
言うや否や、ポケットから携帯電話を取り出した彼を慌てて止める。本日の業務はとうに終了しているはずだ。このひとは宣言してから実行に移すまでの間が極端に短い。有言実行にも限度というものがある。
「いいえ。きっと私からは、一生掛かってもこんな発想は出てこなかったでしょうから。本当にありがとうございます」
「どういたしまして。でも、見てるだけで満足? この中……入りたくない?」
誘うように天蓋を持ち上げ、左の口端を吊り上げて笑うさまが色っぽい。返事の代わりに歩み寄れば、彼は嬉しそうに笑みを深めた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

恋、しちゃおうかな
ももくり
恋愛
社畜であるが故に、髪はボサボサで入浴もままならない鈴木美玲26歳。そんな彼女に改善の切欠を与えてくれたのは、派遣社員の夢見さん(新婚一年目)。女子としての生きざまを見せつけられ、夢見師匠と仰ぎつつも日々研鑚を重ねたところ、見違えるほど美しく変身してしまう。
調子に乗った美玲は、同僚且つ同じ苗字の鈴木新(イケメンだけど性格に難あり)に、「誰かイイ人がいたら紹介してくださいよ。イケメンで、真面目で、優しい人がいいです」と依頼。しかし、鈴木はイケメンか真面目かどちらか選べと言う。「あのなあ、イケメンと真面目は相反するんだ。俺を見ろ、真面目じゃねえだろ」「……」
女にだらしない鈴木にどんどん惹かれていく美玲と、そんな美玲にメロメロになっていく鈴木とのクスッと笑えてちょっと切ない恋愛攻防戦です。

忘れられたら苦労しない
菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。
似ている、私たち……
でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。
別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語
「……まだいいよ──会えたら……」
「え?」
あなたには忘れらない人が、いますか?──
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月夜の理科部
嶌田あき
青春
優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。
そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。
理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。
競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。
5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。
皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる