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サイカイ
サイカイ【5】
しおりを挟むさくさくと注文を済ませ、テーブル席に着く。椅子に座ろうとするとソファ側に通された。彼はトレーを置いてから、私と向かい合う位置に腰掛ける。
「ごめんね。寒い中、外で引き留めちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。……それにしても、大仰な名前を付けるものですね」
「え? 何が?」
彼はホットコーヒーにスティックシュガーを半分ほど入れ、残りがこぼれないように開いている側を上にしてトレーの縁に立て掛ける。
「冥界、だなんて……一体どんな施設なんです? 夜間に営業する遊園地とかですか? それともコンセプトバー?」
思いつく限りの候補を挙げる。手元のアイスレモンティーにストローを差し込むと、ごろごろとした大きな氷に当たった。
「……君、その調子だとまだ他にも考えてそうだね?」
「最悪の場合、ラブホに連れ込まれるかなって思いました。お兄さんの様子と人柄を見るに、その心配はなさそうですけど」
「ラブホって。いや……まあ、用心するに越したことはないもんね」
意外そうに目を大きく見開く彼を見て、ひとつ疑惑を取り下げた。この人は、普段から行きずりの人に見境なく声を掛けるタイプではなさそうだ。
「牽制してるわけじゃなくて、もうその可能性は限りなくゼロに近いと思ってますけど。もしそうだったとしても、あなたならいいかなあって思ったので、今ここにいるんです」
それを聞くなり、彼の目付きが鋭いものに早変わりする。
「……君こそ、発言に気を付けて。そんなこと、簡単に言っちゃダメだ」
ストローを咥えながら首を縦に振る私を見つめる目はまだ厳しい。
「あ。なんか今の言い方、似てました」
「ああ、例の彼氏くん?」
「はい」
「そういえば、せっかくデートするっていうのに『お兄さん』と『君』じゃ寂しいし、勝手が悪い気がするんだよねえ」
マドラーをもてあそんだまま持ちかけられた提案は、おっかなびっくり距離の詰め方を見定めている子どものようで、少し心をくすぐられた。
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