うりふたつ

片喰 一歌

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サイカイ

サイカイ【1】

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「ハーイ、そこのお嬢さん! これから俺と、楽しい楽しい冥界デートに繰り出さない?」

 とある週の最後の平日、人混みを縫って家路を急ぐ私の進行方向から現れたのは、へんてこな誘い文句を掲げたナンパ男だった。

「……丁重にお断りします」

 他にも沢山人がいるんだから、わざわざ私に目を付けなくてもいいのに……心の中でぼやきながら、しぶしぶ声の主と視線を合わせる。

 いつもなら軽く会釈してやり過ごすところを律儀に返事してしまったのは、そのひとが彼氏と瓜二つだったから。断るのを躊躇って瞬時に返答できなかったのだって、きっと。

「ええー、どうしてさ」

「どうしても何も……初対面の怪しい人と楽しくデートできる自信を私は持ち合わせていないので」

 こちらの事情など知る由もなく、男は不満気に口を尖らせ問うてくる。どれだけ恋焦がれたひとに似ていようが別人もいいところの軽快な語り口に、徐々に冷静さを取り戻す。

 まあ、一生のうちに知り合える人間なんてごく僅かだ。知り合うはずのなかった誰かの中には、顔見知りのそっくりさんだっているだろう。

「なるほどね! 初対面じゃなければいいってことだ。じゃあ、とりあえずお話でも」

「うわあ、ポジティブすぎてめんどくさいタイプのひとだあ……」

「うーん、否めない!」

 きらりと光る、規則正しく整列したとうもろこしのような小粒の歯が美しい。

「あと、穏やかじゃない行き先まで聞こえた気がするので、それもお断りポイントです」

「なるほど。正直に言ったのが仇になっちゃったか! でもねえ、冥界ってそこまで怖い場所でもないんだよ。具体的に言うと、そうだな……この繁華街のほうがよっぽど治安は悪い」

「それは初耳です。まだ信憑性に乏しいとはいえ、少し興味が湧いてきましたね……」

 諸外国に比べ、多少は安全が保証されているとはいえ、行き交う人々全員が善良で真っ当であるとは言い難い。

 ぱっと見や属性で人を判断するのもいかがなものかと思えど、呼び込みに励むスーツ姿の若者や、数メートル先まで追いかけてくるティッシュ配り……この周辺で声を掛けてくる可能性のある人間の大半が怖くて仕方ない。通勤路でもなければ、絶対に独りで歩かない場所の代名詞。

 夜になると、より一層都会らしい景色に変わるこの繁華街を、私はずっと好きになれずにいた。

 眩しすぎるほどのネオンは、押し並べて暗い淀みを湛えている。街行くひとの表情を反映したように、鈍く、そして重い。身勝手な先入観に過ぎないが、冥界という言葉からは、とても暗く沈んだ場所である印象を受ける。死者たちを照らす光は、ここより濁ってはいないのだろうか。
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