誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第4章 夕べの調べ

第79話 誰かが尾鰭をつけたがった話<LIX>

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「…………それを言うのは、まだ早いんじゃないか? 気をしっかり持て。そういうことは最後の最後に聞くから……」

 腹部に力を込めても、情けなくなるほど弱い声しか出てこなかった。僕のほうが死にかけているみたいだ。

「『もっと土産話を聞かせろ』って? きみは本当にあたしの話を聞くのが好きだねえ……。でも、あたしもきみの話聞くの好きだし、お互い様……かあ…………」

「もちろん聞きたいが、まだ話したいことがありそうに見えた。違っていたら、僕が適当に…………」

「ありがとね。実はちょっとだけ愚痴聞いてほしかったんだ~」

 開きかけた唇を覆われ、おとなしく会話の主導権を譲り渡せば、大きな瞳に星が舞った。

「せっかく会いに行ったのに、なにか気に障ることを言われたのか?」  
 
「言われた言われた! 『イーヴァのお顔は美しいですが、わたくし好みではありません。しかし、おまえの魂は誰より美しい。より輝きを増して……。わたくしがわたくしでなくなる前に、会えてよかった……』だかなんだか。こんな美人捕まえといて、失礼しちゃうよね~?」

「ああ、わかっていないな。イーヴァはこの世でいちばん美しいというのに……。しかし、君の友人だ。君と親交を深めてくれたことに関しては、僕からも礼を言わせてほしいと思っている。心から」

 ――――そう。

 あの男の奥方への行いに鑑みても。たとえ海に溶ける運命さだめでも。彼女が僕の最愛のひとの友人のひとりでいてくれていたことは事実だった。

「あはははっ! …………ねえ、あたしさ……『あの世でもいちばん』になれると思う?」

「縁起でもないことを言わないでくれ。まだ当分はこの世にいてもらうよ。今度はぎりぎりまで引き留めるし、一歩も譲らないからな」
 
 きっぱり断言し、多少は顔色のよくなってきた頬を摘んだ。

「ふふ。ありがと……」
 
 全快には程遠いのだろうが、冗談を言う余裕があるなら、いましばらくは『この世でいちばん美しい人魚』でいてくれると信じていいはずだ。
 
「…………しかし、魂とは大きく出たな。そんなもの、目には見えないだろうに」

「見えないけど、よ。視えるひともいる」

 自身の両目を指した彼女が短く語ったのは、海の世界に伝わる伝承だろうか。

「え……。それは本当か?」

「あたしもそんなに詳しくないんだけどさ、そもそも海の水自体が魂の集合体……だかって話じゃなかったかな? それが輝きになって視えるひともいるらしいんだけど、この話ってそっちには伝わってないのかな?」

「どうだろう? 少なくとも僕ははじめて聞いたが……。その理論をもし採用するのなら、『特別な目を持った者には、発光器の有無にかかわらず、生きとし生ける者すべてがぴかぴかに光り輝いて見えている』ことにならないか?」

「確かに! そのへんどうなんだろうね?」 

 早口で尋ねたが、彼女も答えを持ち合わせていないようだった。
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