誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第4章 夕べの調べ

第69話 誰かが尾鰭をつけたがった話<XLIX>

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「では、もうその決定を覆すのは…………」

「絶望的だろうね」

「……そうか。『残された時間が少ない』というのは『もうじき動員される』ということだったんだな……。確かに、いま会いに行かなくては、もう二度と…………」 

 彼らは、ただ命を奪われるのではない。『その者をその者たらしめていたすべて』を残らず奪われるのだ。
 
 それは考えうるどんな離別より、惨たらしいことのように思えた。

 しかし、それと同時に、『残された時間が少ない』という不穏な表現が『彼女の寿命が尽きかけている』ことを指しているわけではなかったことに対し、深い安堵をおぼえている自分もいた。

「うん……。争い自体はどこかしらで起きてるんじゃないかと思うけど、ここまで大規模な戦争に発展しちゃったのは…………あたしが直接知ってる範囲だと、四五○年ぶりくらいだったと思うし」

「四五○年!?」
  
「あれ? あのときの大戦は、歴史上最も長期化したほうだっけ? どっちがどっちだったかな~」
 
 彼女は裏返った声など一切届いていないかのように、腕を組んだまま左右に揺れている。

(『直接知っている』というのを『生を受けてから勃発した』という意味で採るなら、とんでもないご長寿だぞ……? いや、人魚のなかではそれでも若い部類かもしれないし……。わからないことがたくさんだ)
 
「ごめんね?」
 
「いや、いいんだ。きみたちの戦争史については、また今度聞かせてもらうことにして……。その『果ての海』までの道のりは安全なのか?」

「戦場が移動してなければね。この話が終わってすぐに出ても、最短距離で間に合うかどうかってところだから、ルート変更は考えてないけど! スピードも体力も誰にも負けない自信あるし!」 

 水飛沫をあげ、海面に姿を現したのは、自慢の尾鰭だった。
 
 美しいことには違いないが、目視ではその真偽の程はわからなかった。
 
(最悪の場合、戦場を突っ切るつもりでいるんだな。たいした度胸だ……) 

「なんか言いたそうだね?」

「言いたいというより、聞きたいことがあってな。『会いに行く理由』は、『君がそいつに会いたい』だけではないんじゃないか?」

「…………うん。約束しちゃったからさ。破るわけにはいかないの」

 彼女は垂れた眉をいっそう垂らし、人の好さそうな笑みを浮かべた。
 
 娘たちがまだほんの小さい子どもだった頃も、よくそういう表情をしていた気がする。
 
「約束……か。いかにも義理堅い君らしい理由だ。詳しく説明してくれるな?」 

 ひとつ頷いた彼女が言うことには――――。
 
「あたしが会いに行く人魚はね、女のひとが好きな女の子。……子っていう年齢でもないけど、いつまでも拗ねた子どもみたいな性格だから、ついそう言っちゃうな~。その子も男とじゃないと子どもは作れないはずなんだけど、そのへんはまあ……。オプションみたいに考えられなくもないしね」

(やはり…………。イーヴァが会いに行く友人というのは、十中八九、あのタコ足の人魚だろう)

 睨まれたら足が竦んでしまいそうな巨躯に、一本欠けた足を持ち。強引で乱暴で、思い込みも激しいが、不釣り合いなほど慇懃な口調の――――。

 脳内で像を結んだのは、海の近くに住居を求めて尋ねた先で仕入れた話に登場した、やたら印象に残る悪役のような人魚だった。
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