誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第4章 夕べの調べ

第52話 誰かが尾鰭をつけたがった話<XXXII>

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「んー……。『見つかるまで』、かあ…………」 

 しかし、彼女は返事を渋った。

 もしかして、願いを叶えたが最後、今度は僕が君の前から姿を消してしまうとでも思っているのか?

「ああ。見つかったらそれを叶えるし、叶えたらまた次の願いを探そう。僕はそうやって君と時を重ねていきたいと考えている」

 不安を払拭せんとはっきり告げてから硬直してしまったのは――――。
 
「『遠回しなプロポーズ』みたいだね? ……あははっ! きみらしいや」

 ややあって、それに気付いた彼女が細い肩を揺らした。
  
「あまりからかってくれるな。責任を取るとしたら、最も誠実な形が生涯添い遂げることになるんじゃないかと思っただけだ」

「さすがだね。あたしはきみのそういうところを好きになったんだよ」
 
「光栄だ。……さあ、僕が教えてくれ」
 
「君が子どもたちにはなに?」

 肩透かしを食らった気分などといってはいけないかもしれないが、真剣な問いに被せられたにしては、あまりに浮かれた声だった。

「そんなもの、多すぎて絞り切れない。第一、自己満足では意味がないだろう。『君たちが望むこと』を叶えるべきだ。違うか?」
 
「確かにそうかも。してあげたいことなんて、無限に思い付いちゃうもんね!」

 先の問いかけでもしやとは感じていたが、話が食い違って……というより、主題が箝げ替えられている。
 
 悪気は微塵もないのだろう。そのことが身勝手な苛立ちを倍加させた。

「それから、君はまだわかっていないようだから、もう一度繰り返しておく。僕は子どもたちだけでなく、君の願いも叶えたい。なんのために『君たち』という言い方をしたと思っているんだ。勝手に自分だけ除外しないでほしい」

 『望みを叶えたい』という願望自体が僕のわがままなのだから、思いっきりわがままを言ってくれていいのに。
 
 言葉と声にウニのような棘を纏ってしまったのは、そんな歯痒さをおぼえていたせいだろう。

「…………うん、そうだね。ありがとう。じゃあ、遠慮なく言わせてもらうけどさ…………。これからはできるだけ、あたしたちのそばにいてほしいなあ……」 

 彼女は緊張の面持ちで返答を待っているが、それは願望というよりも当然の要求だ。
 
「……それは、『頻繁に会いに来る海に通うことのできる距離にいてくれ』という意味で合っているか?」

「そう。そんな感じ。きみのお仕事の都合もあると思うから、だめだったらだめでいいんだけどね」

 遠慮なくという宣言に反して遠慮がちな彼女につられ、寂寞が心を覆う。
 
 年月と距離は、昔以上に僕たちの世界を遠ざけてしまったのだろうか?

「だめということはないが、それは果たして願いと言えるのか? 先ほどから『そばにいる』と誓っているつもりだったんだが、言葉が不足していただろうか……」

「あははっ! 言われたのがあたし以外だったらそこまで伝わってなかったんじゃないかなって思うけど、そういうことじゃなくてね?」

 彼女はきわめて婉曲的な回答を選んでくれたが、他の者であれば嫌味として処理していたかもしれない。

 僕は子どもたちにも伝わる話し方を研究する以前に、他者への態度を改める必要がありそうだ。
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