誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第4章 夕べの調べ

第51話 誰かが尾鰭をつけたがった話<XXXI>

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「もちろん全部叶えるよ。お咎めなしというのは気が引けるし、罪滅ぼしにもなりはしないが、僕にできることはすべて、一回限りでなく継続して行っていくつもりでいる」

 僕に対する子どもたちの好感度が高いのも偏に彼女の教育の成果だとは思うが、無粋な指摘は吞み込んだ。

「つまり?」

 子どもたちのためにと要約を促したはずの彼女だが、娘たちを差し置いて最前列で僕を見上げている。

「抱っこもするし、競争にだって付き合おう。君たちの求めているものと僕の想定しているものが一致している確信は持てないが、陸の話もする。引き出し……ではなく、話せることはそこそこ多いほうだろうからな」

 『難しいことばかり言っている』という人物像から完全に脱却することは困難だとしても、娘たちの幼いうちは彼女たちにも伝わる言葉で話すように心掛けたい。

 訂正を入れたのも、そういった決意を決意のまま終わらせないためだったが、口にする前に気付けるに越したことはない。
 
 訓練を重ねる必要がありそうだと思ったら。自然と口角が上がっていた。

「「「わーい!」」」

 黄色い声が上がる。
 
 英雄にでもなった気分だが、義務も果たさないうちから喜ぶわけにはいかない。
 
「……だが、その前に言わせてもらおう。をまだ聞いていない。こんな男でも、そばにいないよりはいたほうが心が休まることもあったと思う。でも、実際はそばにはいてそうしてやれなかった。こんなことで埋め合わせができるとは思っていないが、君にもわがままを言ってもらわないと困る」

 日没までには数時間あるし、このあたりの海はうら寂しい雰囲気があるといった感じでもない。

 なにもかもが愛を確かめ合った日とは異なっているが、世界にふたりきりであるかのように最愛の女性ひとりをひたと見据え、語りかけた。

「あたしは別に、これ以上望むことなんて…………」 

 しかし、彼女は酸素を求めて口を開閉させる魚さながらに、唇を開きかけては閉じることを繰り返している。
 
 その仕草に滲み出した逡巡を見逃すほど、僕は鈍くも優しくもなかった。
 
「離れているあいだ、君は子どもたちの願いを叶えるばかりで、自分自身の願いを見失ってしまっているのかもしれないが……。その場合は一緒に探そう。見つかるまで付き合うし、それがなんであれ、叶えるための協力は惜しまないつもりでいる」 

「…………見つかるまで?」

 ようやく彼女の声から迷いが消えた。

 あともうひと押しできっと、君は心からの望みを打ち明けてくれるだろう。なにを躊躇っているかは知らないが、なんでも言ってみればいい。

 この決意も、想いも、それから覚悟も――――最愛のひとの願いで沈むほど軽いものではないはずだ。
 
 僕は三年ものあいだ、休みなく君の尾鰭を追い回した男だぞ。
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