148 / 193
第4章 夕べの調べ
第38話 誰かが尾鰭をつけたがった話<XVIII>
しおりを挟む「…………僕も……」
いままでの僕であれば、『くだらない』と一蹴していたことだろう。
「考えてていいよ。あたしはそのあいだ、続き歌ってるから!」
小さく笑んだ彼女は、開きかけた唇に封をするように、指の腹を押し当てた。
『嫌いじゃない』。僕はきちんとそう伝えることができたのだろうか。
すでに気持ちは伝わっているようなものとはいえ、最後まで言い切らないのは、彼女に対して不誠実なように思えた。
「――――♪ ――――♪」
どちらにせよ、彼女は正しい知識を授けてくれていたと思うが、答えを聞く前に――いや、答え切る前に、かもしれないが――不思議な感覚が勢力を増して帰ってきた。
これに近い感覚を味わった経験なら、過去にもある。
上等な酒を嗜んだあとの、深い満足感。いつまでも舌に、喉に、胃の腑に残る旨味と充足感だ。
安酒で悪酔いするのと同列に扱ってもらっては困るな。
「――♪ ――♪ ――――♪」
歌が進むにつれ、それまで順調に組み上げていっていたはずの理論は繋がりを失い、箒で懸命に集めていた落ち葉が風のいたずらで元よりもばらばらに散らばってしまうかのごとく散逸していく。
残されたのは、鈍重な思考の欠片。
――――だけではない。そこには、えもいわれぬ多幸感があった。
通常、僕のように思考することに特化もとい固執した人間が、思考力の一切を手放しかけるなどという事態に直面すれば、嫌悪と恐怖で取り乱してしまうのではないかと思う。
しかし、そのときはむしろ『これからどんな夢が見られるのだろう』と期待が膨らむ一方だったよ。
あれは美しい歌声のおかげだったのか、それとも――――。
「――――……♪」
そうして、いくらも経たないうちに、睡魔が引っ提げてきた重い布団をかけられ、頼りなくふわふわと彷徨っていた意識は完全に途切れてしまった。
******
「…………あ。おは……よう?」
目覚めて最初に飛び込んできたのは、瞼を擦る彼女だった。
それしかすることがなかったというのも一因だろうが、僕がぐうぐう寝こけているあいだも、様子を気に掛けてくれていたようだ。
髪を撫でる彼女の瞳は、涙を湛えていた。
「どういたしまして! だけど、『寝かせてほしい』なんて、欲のないひとなんだね? あたしたちの歌声に願いを叶える力なんてないと思うけど、きみの願いだったらなんでも叶えてあげたくなっちゃうなあ」
しかし、それも束の間。
快活な印象の笑顔を見せられ、寝起きのぼんやりした頭は、自動的に夢想に入ってしまった。
――――『寝台に寝そべる彼女は、どんなにか美しいだろう』と。
<おさらい>
・第4章 第4話?『■■の××について<Ⅳ>』
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
【R18】短編集【更新中】調教無理矢理監禁etc...【女性向け】
笹野葉
恋愛
1.負債を抱えたメイドはご主人様と契約を
(借金処女メイド×ご主人様×無理矢理)
2.異世界転移したら、身体の隅々までチェックされちゃいました
(異世界転移×王子×縛り×媚薬×無理矢理)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる