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第4章 夕べの調べ
第30話 誰かが尾鰭をつけたがった話<Ⅹ>
しおりを挟む「あはははっ! 思ったよりすぐ会えたね?」
「そうだな。再会を喜びたい気持ちは山々だが……。先に君の置かれている状況について、ふたつみっつほど尋ねたいところだな……」
欄干に肘をついて見下ろした彼女の姿は、妙に小ぢんまりとしていた。
あのときよりも僕たちの目線の高さが違いすぎるせいだ。視線を合わせているはずなのに、目が合っている気がしない。
「いいよ? なんでも訊いて訊いて!」
そんな僕の心を完璧に読み取ってしまったかのように、彼女はぴょこぴょこ跳ねている。
「では、最も疑問に思っていることを。君はなんだって、こんな街中の水路に?」
「それがさ~、鳥さんと追いかけっこしてたら、ここに着いちゃったんだけど……」
(童話の世界の住人か?)
互い違いに重ねた両手を下方から上方へひらひらと揺らめかせているのは、空を往く鳥を表現しているのだろう。
「君は本当に交友関係が広いな……ではなくて。その友達は、いまどこに?」
「見失っちゃったみたい。でもさ、考えてみたら、一度もそのコに勝てたことないから、予定調和かもしれないけど! あーあ、また連敗記録更新しちゃった。悔しいから数えてはないんだけどね」
とは言うものの、その視線はいまだ、遥か上空を彷徨っている。
不屈の闘志に燃える瞳も好戦的で非常に美しかったが、視線の先に僕を映す際に灯す炎は、必ず恋情に彩られたものであってほしい。
「鳥の…………」
「ん?」
「……鳥の種類はわからないが……。どちらが鬼役だとしても、水の張っている場所しか移動できない君と空中を自在に飛び回ることのできる君の友達とでは、圧倒的に後者のほうが有利なんじゃないか?」
「励ましてくれてる? ありがとね! でも、落ち込んではないから大丈夫。ここまでくる予定もなかったけど、なんかいい感じの街並みだし、帰り道がわからないなんてこともないし……。あのコのおかげできみに会えたから! ……ていうか、あのコがきみのところまで案内してくれたのかもしれないね?」
少しは自惚れても構わないだろうか。
彼女の歯は、貝殻よりも白く美しく光り輝いていた。
「本当にそうなら、僕も君の小さな友達に感謝しなければならないな…………」
「なんか言った?」
これだけ離れていれば聞こえないだろうと油断しきっていた感想をものの見事に拾われ、背筋を伸ばした。
左の胸元は、懐中時計を仕込んでいるのではないかと思うほど騒がしかった。
「……いや。次の質問をしても?」
「いいよ!」
「君たちは、海水でなくても水さえあれば生きられるものなのか? 淡水や……人間が使うために浄化された水のなかに長時間いても、身体に影響はないのか?」
極寒の国で生まれた人間が、一年を通して温暖な国に移住して、気候の変化についていけずに変調をきたすことがあるように、各人の生存に適した環境というのはあるはずだ。
まして水中で暮らす種とあらば、その傾向が顕著なのではないか。
……などと御託を並べてしまったが、要は彼女の体調が気がかりだっただけだ。
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